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銀行からスタートアップ、金融のスペシャリストからカナダでソフトウェアエンジニアへ。自由を求めて選んだ技術者の道

銀行からスタートアップ、金融のスペシャリストからカナダでソフトウェアエンジニアへ。自由を求めて選んだ技術者の道

今回インタビューさせて頂いたIshiさんは、10年以上にわたり金融業界でキャリアを積んできた金融のプロフェッショナルです。業界経験を活かしてフィンテック企業へ転職した後、さらなる挑戦として選んだのは、ソフトウェアエンジニアというまったく新しいキャリア。30代半ばを過ぎてのキャリアチェンジ、そして家族と共にカナダへ移住という大きな決断を経て、現在はカナダのヘルステック企業でフルスタックエンジニアとして活躍されています。

今回の渡航で未経験からの海外就職を叶えたIshiさん。全くの未経験からカナダでエンジニアとしてのキャリアをスタートすることになりましたが、今なぜその決断に至ったのか。海外で働くという価値観の変化と、技術職への憧れ、努力の課程など、その背景をじっくりと伺いました!


Senna: 本日はよろしくお願いします。まずは、カナダでのエンジニア就職おめでとうございます

Ishi: ありがとうございます。

Senna: 内定をもらわれたのが2月末でしたよね?働き始めたのは3月の頭からですか?

Ishi: はい、その通りです。ちょうど2ヶ月が経つところですね。

Senna: 実はKoichiさんから「未経験から仕事を見つけた方がいますよ」と聞いて、すぐにご連絡させていただきました。未経験での採用事例って本当に久しぶりだったので。

Ishi: Koichiさんからすぐに連絡をいただきました。ありがとうございます。

Senna: ありがとうございます。Frogで前にご紹介したYukiさん以来ですかね、未経験の方で決まったのって。およそ半年ぶりぐらいかもしれません。

Ishi: そうなんですね。

Senna: 今回「未経験の海外就職挑戦の道筋」となるインタビューになるかもしれないでので、ぜひ詳しくお話を聞かせてください。

Ishi: よろしくお願いします。公開された時にもしかしたらクビになってたりするかもしれないですけど(笑)

Senna: クビになったらまたその時は相談してください(笑)。ただまずは現地でのフルタイム雇用という大きな第一歩をクリアされたということで、そのプロセスを伺えたらと思います。

日本でのキャリアは銀行からスタートアップへ

Senna: ちょっと僕の記憶も曖昧なところがあるので、プロフィールを拝見しながら伺っていきます。改めて、日本ではどんなお仕事をされていたんでしょうか?

Ishi: 日本では金融機関にずっと勤めていました。最初の10年間は銀行に勤務していて、その後2年間はフィンテックのスタートアップでファイナンスマネージャーとして働いていました。

Senna: 銀行員としてはFrogで3人目ですね。確かHiroshiさんも銀行出身で、他にももう一人いらっしゃったと思います。

Ishi: そうなんですね。

Senna: ちなみにそのスタートアップ、UPSIDERさんは法人向けのクレジットカードを扱う有名なFintech企業ですよね?

Ishi: はい。日本だとバクラクカードやマネーフォワードさんの法人カードがありますが、UPSIDERはその流行が来る前、2021年ごろからサービスを始めていました。

Senna: なるほど、ちょうど先日LayerXの方と話したばかりで。その時バクラクの事は知りました。

Ishi: そうなんですか。

Senna: では銀行時代に戻ると、新卒から大手銀行に入られたということですね?

Ishi: はい。最初の5年間は法人営業で貸出業務をしていて、その後5年間は海外赴任でPMI(企業統合プロセス)に携わっていました。銀行が海外の銀行を買収するタイミングで、その統合作業のために現地に派遣されました。

Senna: PMIで海外に出られたというのは、なかなかできない経験ですよね。

Ishi: そうですね。自由に働く人たちに囲まれて仕事をするうちに、「こういう環境でまた働いてみたい」と思うようになりました。

Senna: その後、日本に戻ってUPSIDERに入られたんですね?

Ishi: はい。帰国してすぐに、日本の大企業の働き方に違和感を感じてしまって。自由な環境で、かつビジネスとしても面白そうだったUPSIDERに転職しました。

Senna: UPSIDERさんでは、ファイナンスマネージャーというポジションだったと。

Ishi: はい。CFOを置かない会社だったので、資金調達などは私が担当していました。ただエクイティではなくデットファイナンス(借入)中心でした。

Senna: クレジットカードビジネスは、先にお金がないと始められないですもんね。

Ishi: その通りです。特にグロースのフェーズに入ると、シリーズBやC以降でデットファイナンスによる資金調達が必須になります

Senna: エクイティだけじゃ限界が来ると。

Ishi: そうです。銀行からすると、スタートアップにたくさんのお金を貸すというのは当時は前例がなかったので、なかなか苦労しましたね。

テックの現場に感じた憧れ、「作る側」に立ちたいという想い

Senna: そこでの経験から、やっぱりエンジニアリングの世界に興味が湧いたということですね?

Ishi: はい。本当にその通りです。UPSIDERでは、エンジニアたちの力でサービスが伸びていく現場を目の当たりにして、それがとても印象的でした。

Senna: 実際、法人カード市場も変化してきた時期でしたもんね。

Ishi: コロナ以降、企業がSaaSを多く使うようになって、決済ニーズが爆発的に増えました。カードとソフトウェアを組み合わせることで、経費精算も含めた業務効率化が可能になる。そうした流れにうまく乗れたことで、サービスが伸びていきました。

Senna: Ishiさん自身はそのソリューションを投資家や関係者に説明する立場だったと。

Ishi: はい。プロダクトの魅力を一番伝えられるのは、実際にそれを作っている人たちだと感じました。自分はあくまで橋渡し役。でも、だんだん「自分も作る側に回りたい」と思うようになってきたんです。

Senna: そこで「エンジニアになりたい」と。

Ishi: そうですね。文系出身ということもあって、「ハードスキルが足りない」という課題意識が強くありました。それと、海外で働いていた頃の自由な環境にもう一度身を置きたいという気持ちも大きかったですね。

Senna: 確かに。タイやインドネシアでの経験が大きかったんですね。

Ishi: ええ。あの時感じたのは、自分起点で動ける仕事の楽しさです。日本と違って、ミスを許容する文化があるというか、自分の判断で物事を動かせる自由さが魅力でした。

Senna: 「ミスできる自由さ」、それは確かに日本では少し足りない感覚かもしれませんね。

子育てとキャリアの両立。「自由な働き方」を求めて

Senna: 先ほど少し触れられていましたが、お子様が生まれたタイミングというのも、今の働き方を選ばれる上での一つのきっかけになったと。

Ishi: はい。子どもが生まれて、柔軟でフレキシブルな働き方ができる環境がほしいと思うようになりました。日本でも、いわゆるスタートアップとか、いわゆる“イケてる”と言われる企業ではそれが可能なこともあるんですが、海外に来ると「そもそもそれがないとやばい会社」みたいな前提があるじゃないですか。

Senna: その前提の違いはかなり大きいですよね。

Ishi: そうなんです。働く中での自由、働き方の自由、個人の意思や生活スタイルの尊重というのをすごく感じていて、そういった部分も含めて「海外に行くのはアリだな」と思いました。

Senna: ワークライフバランスだけじゃなくて、意思決定の機会の多さ、つまり「自分で考えて自分で決める」というような場面が多い、という点でも惹かれた感じですかね。

Ishi: まさにその通りですね。

Senna: そういえば、最初は単身でカナダに来られたという話でしたよね?

Ishi: はい。最初の2ヶ月間だけ単身でカナダに来て、現地での生活のセットアップをしました。私が来たのは2023年9月で、家族が合流したのは11月。その時点で子どもは2歳と4歳、今は3歳と6歳になっています

Senna: それはまた子育てとしてもお忙しい時期に……本当にタイミング的には大変だったと思います。

Ishi: そうですね(笑)。

Senna: 実は最近、同じようにお子様をカナダに連れてこられた方がいらっしゃって。Frogではまだそんなに多くないんですよね、子ども連れで来られる方って。

Ishi: そうなんですね。

Senna: 情報交換できる機会も少ないので、もし何かあればぜひ共有いただけると嬉しいです。

Ishi: ぜひぜひ。あまり情報がないので、必要な方にはお伝えできればと思っています。

バンクーバーを選んだ理由と、Langara進学の決め手

Senna: そんなご家庭の事情も含めて、海外での新しいキャリアを考え始めた中で、なぜバンクーバーを選ばれたのか、またなぜLangara Collegeだったのか。その意思決定の過程を伺ってもいいですか?

Ishi: はい。バンクーバーを選んだのは2022年頃から考え始めていたんですが、当時はコロナが収束しつつあるタイミングでした。その頃、唯一移民にオープンだったのがカナダという印象が強くて。今ではカナダもビザ的には厳しい動きもありますけど、当時はまさに移民ブームの状態という印象でした。

Senna: 確かにあの頃は異常なほどに移民を受け入れていましたね。

Ishi: はい。実は15年前に1ヶ月だけビクトリアに滞在していたことがあって、その時の印象がとても良かったんです。子育ての観点ではアジア系の住民が多いこともあり、ノンネイティブとしてのハードルが低いと感じたのもバンクーバーを選んだ理由のひとつです。

Senna: なるほど。

Ishi: あともちろんFrogがバンクーバーを拠点に活動しているというのは、エンジニアを目指す上で非常に大きな要因でした

Senna: ありがとうございます。そういっていただけて光栄です!そして学校としてLangara Collegeを選ばれたのは?

Ishi: BCITやUBCなど他の選択肢もありましたが、現実的にお金と時間を一番節約できるのがLangaraのWMDDプログラムでした。それに、Frog経由で事前にTomoさんやHiroshiさんとコンタクトを取って、いろいろお話を伺っていたことも大きな後押しになりました。僕にとってはすでに彼らがメンターのような存在だったので、自然とLangaraという選択肢に決まりました。

Senna: 結構ストレートに意思決定された印象ですね。コロナの時は本当にカナダの移民政策が極端にオープンになっていたのを覚えています。

Ishi: はい。当時は外から見てそれが異常だと気づかなかったぐらいです(笑)。

Senna: エクスプレスエントリーのスコアが100点とか、名前書けば通るんじゃないかみたいな時期もあったので、あれで勘違いした方は正直多かったと思います。

Ishi: まさに。ただ、その勘違いがなければ自分も来られなかったかもしれないです。今思えばそういう意思決定を後押しした意味ではありがたかったですね。

Senna: Langaraに決めた後は、HiroshiさんやTomoさんなど、Frogの先輩方もいたので迷うことはあまりなかった?

Ishi: そうですね。他の国と迷ったこともなくて、最初からカナダ、それもバンクーバー一択でした

アメリカやイギリスではなく、カナダを選んだ理由

Senna: 他の英語圏、例えばアメリカ、イギリス、オーストラリアなどと迷うことはなかったんですか?

Ishi: あまりなかったですね。やっぱりカナダは移民に寛容なイメージがあったというのと、国として多様性を本気で実現しようとしている姿勢があると感じたんです。

Senna: 確かに今の情勢的にもそのあたりは違いますよね。

Ishi: 他の国では差別の話をよく聞いていましたし、実際にアメリカに住んでいる友人からもやはりその点辛いという話を聞いていました。イギリスは伝統色が強すぎる印象が強く、テクノロジー分野においてもあまりイメージが繋がりませんでした。オーストラリアは地理的に独立していて、少し距離感がありました。

Senna: カナダが丁度良かった感じですかね?

Ishi: はい。例えば、アフガニスタンでタリバンが政権を取った時に、「我々は移民の国であり、危機にある人を受け入れる」と首相自らが公言したことがありましたが、そんな国って、他にないと思います。もちろん支持・不支持はあると思いますが、国のトップがそれをアイデンティティとして掲げているのは、来る側としてとても心強く感じました。

Senna: 子どもを学校に入れることも視野に入れた時、確かにその姿勢は大きいですね。

Ishi: そうなんです。英語が話せないノンネイティブの子どもでも、安心してスタートできる環境がある。その前提として多様性を受け入れようと努力する社会の懐の深さがある。だからカナダを選びました。

Senna: おっしゃる通りです。最近のアメリカとの比較で一番よく出てくるのが「多様性」と「移民への寛容さ」なので、その感覚は非常によくわかります。

Ishi: まさにその通りだと思います。

留学前から長く描いていた「海外で働く」という目標

Senna: さきほどビクトリアに1ヶ月滞在されていたと伺いましたが、それは旅行ですか?

Ishi: 語学留学のようなものでした。大学生活の最後に「思い出作りに行こう」と、そんな軽い気持ちでした。

Senna: 思い出作り、いいですね(笑)。
さて、ここで毎年恒例の企画なんですが、Frogに初めてご連絡いただいた時の最初のメールを振り返ってみるというのをやっておりまして。

Ishi: え、そうなんですか(笑)。

Senna: 初期のお問い合わせメール、ものすごく丁寧に書かれていたのが印象的でしたよ。

Ishi: そうなんですか(笑)。

Senna: ちなみにそのメールには「BCITが第一希望」と書かれていたんですね。

Ishi: たしかに、しかしその頃はまだ他のFrogメンバーの皆さんに相談させて頂く前でした。実は当時、MBAも選択肢に入れていたんです。ファイナンス畑の人間が最もイメージしやすいルートですし、海外就職に漠然と憧れていた時期でした。

Senna: でも、最終的には「ハードスキルを身につけたい」という明確な目的意識が勝ったということですよね。

Ishi: そうですね、まさに。CSなどの学術的な側面より、やはりまずはプロダクトを作れるスキルを身に着けたいイメージでした。

メンター達との関わり、そしてLangaraでの1年4ヶ月

Senna: Langaraを選ばれた背景には、やはりFrogのメンバーの存在が大きかったと伺いましたが、メンターとして関わってくださったのもFrogにいる方々ですか?

Ishi: そうですね。特にTomoさんとKoichiさんですね。ただ、いわゆる技術指導というよりは、結果報告したり、たまに飲みに行って相談したりするような関係性でした。

Senna: わかります。自分が行き詰まったときに、目指す道に既にいる人がいるって本当に励みになりますよね

Ishi: はい。しかも同じ学校、同じコミュニティにいる人たちだったので、より身近に感じられました。

Senna: そして実際にLangaraでの学生生活がスタートしたわけですが、1年4ヶ月ほど在籍されたんですね?

Ishi: はい。ただ、もともとは事前に日本である程度勉強してから来ようと思っていたんですが、スタートアップの仕事が忙しすぎて全く時間が取れず、チュートリアルをなんとなく見た程度でカナダに来ることになりました。

Senna: 開発経験ゼロではなかったけれど、まだ自分で手を動かして作れる状態ではなかったと。

Ishi: そうですね。その状態でスタートしました。

Senna: 英語の方はどうでした?

Ishi: 学校の授業で困ることはなかったです。Langaraのプログラムはノンネイティブの学生が多く、みんな英語は上手ですが、ネイティブのスピードには苦戦しましたね。

授業だけで終わらせない、自走力と戦略的な学習姿勢

Senna: 留学前はエンジニアとしての勉強はチュートリアルくらいしかやっていなかったとのことですが、Langaraで「就職につなげる技術力をつける」という意識は当初からありましたか?

Ishi: はい。2023年当時は就職が非常に難しい時期だと言われていたので、卒業時に完全未経験では厳しいと考えていました。卒業までに半年の実務経験を積んでおきたいという目標がありました。

Senna: それをKoichiさんと話されたんですね。

Ishi: そうです。その時に「Langaraのカリキュラム的に、3ターン目が終わる頃に業務経験を積めるレベルになる」と聞いて、だったら自分は2ターン目終了時にはそこに到達していないといけないと逆算して学習計画を立てました。

Senna: そこで授業+αを自分でやるというスタンスを取られたと。

Ishi: はい。Udemyなども活用して、常に「学校の授業では新しいことがない状態」にしておくようにしました。そうしておけば、つまずくことはないと思っていました。

Senna: Koichiさんのアドバイスもあったと思いますが、やっぱり半年の実務経験は未経験の皆さんにはFrogとして必ず達成して欲しいと伝えている部分でもあります。 ただ、多くの人が「わかっていても実行できない」んですよね。

Ishi: それはあると思います。僕は自分の遊びの時間を完全にゼロにして、家族と過ごすか、勉強するかの2択に絞っていました

Senna: ちなみに授業の中で「これ実務には使わないな」って思ったものはどうしていましたか?

Ishi: 正直に言えば、必要ないと判断した授業は極力手を抜きました。すべてを完璧にやろうとすると体力が持たないので。

Senna: 大事な判断力ですね。ただ授業の取捨選択をするためには、そもそも何が必要で何が必要じゃないか、事前に目利きが必要だったと思いますが、それも先輩方に聞いて?

Ishi: はい。2ターム前に卒業された日本人の先輩などに聞いて、「この先生はこういう傾向がある」など、ある程度の情報を得たうえで判断していました。

Senna: チーム開発などもLangaraで学ばれたのですか?

Ishi: それで言えばエンジニアとしての習熟という観点で、Langaraのプロジェクトを未経験者だけのチームでやり切ったのは非常に大きかったです。Langaraは2-4タームそれぞれで計3つのプロジェクトをやるのですが、毎回未経験者のみで構成された同じチームで参加しました。未経験だけで組むことのプロコンはありますが、経験者と組んだ場合に陥りがちなのが、「開発の全体像がよく分からないまま簡単にできそうなタスクだけを任されて、個人として伸びない」という状況です。

未経験集団で取り組むと、プロジェクト自体は当然ハードモードになりますが、自分の頭で色々調べて計画するようになります。結果としてオーナーシップを強く持つようになり、エンジニアとしてサービスをスクラッチから作る能力が大きく伸びました。必要な支援や知識はcohortの経験者やinstructorから得れば良いので、ちゃんとプロジェクトにコミットしてくれる人さえ集まるなら未経験集団でトライするのは全然ありだと思います。この経験は実際に今の仕事にも活きていて、例えばフィーチャーをまるっと渡された時に、要件定義やデータモデルの考案、イシューの切り分けなど、ジュニアにも関わらずある程度自走できるのが自分の強みになっていると感じます。

Langaraでの実務経験、そしてFrogを通じたプロジェクト参加

Senna: そんな中で、卒業前の4ヶ月で2つの仕事を得られたとお聞きしました。具体的にはどういった内容だったんですか?

Ishi: はい。ひとつはLangaraでのパートタイムの仕事です。これは在学中にプロジェクトでの取り組みが評価されて声をかけていただいたもので、HiroshiさんやKoichiさんも同様の流れだったと聞いています。

Senna: 素晴らしいですね。もうひとつは?

Ishi: もうひとつはFrogの掲示板で募集されていたボランティア案件でした。8月末に募集が出ていて応募し、プロジェクトに加わることができました。

Senna: どんなプロジェクトだったんですか?

Ishi: B2B向けの入札支援マッチングサービスを開発するという内容で、RFP(提案依頼書)を整理・可視化し、案件と企業のマッチングを支援するアプリのMVP(Minimum Viable Product)を作るというものでした。
私はフロントエンド寄りの実装を担当しました。

Senna: 面白いですね。それも全員ボランティアだったと。

Ishi: はい。構想段階のプロジェクトで、自分としても実務経験を積む貴重な機会となりました。

「職務経験があるかどうか」で変わる目線。未経験でも伝えられる“プロ感”

Senna: Langaraでのパートタイムと、ボランティアでの開発経験。あの時点ですでに“職歴”がついていたという点では非常に良かったと思うんですが、就職活動においてそれは大きかったと感じましたか?

Ishi: そうですね。正直、僕はものすごくたくさんの企業に応募したわけではなかったんです。全部で3〜4社くらいでしたが、やはり職務経験があるという前提で話してもらえた会社はありました

Senna: 明らかにリアクションが変わる感覚があった?

Ishi: はい。特に一社は、「職務経験がある」という前提で質問が進んでいって、「ああ、これは理解してると思ってもらえている前提なんだな」と感じましたね。やっぱり学生だと、“甘さ”が見えると受け手側が感じるみたいで。

Senna: わかります。

Ishi: 僕自身は別にそういうつもりはないんですけど、“プロフェッショナルとしての世界にいる”という印象を与えるという意味では、たとえ短期間でも職務経験は大きな意味を持つと思いました。実際にはLangaraのプロジェクトの授業やアウトプットは相当ちゃんとしているので、面接で聞かれた場合には自信を持って答えていましたが、あくまで受け手がバイアスを持って聞いてしまうということですね。

Senna: ちなみに、日本の職歴とカナダでの職歴の違いというか、重視され方についてはどう感じました?

Ishi: そのあたりはまだよく分かってないところがあって…。僕はカナダで職歴を積んだので、日本との比較ができていないというのが正直なところです。

Senna: その話は確かに賛否両論ありますね。「職歴にロケーションを書く必要はない」と言う人もいますし

Ishi: えっ、そうなんですか?

Senna: いますいます。でも、明確なルールがあるわけじゃないですし、結果相手にどう上手くアピール出来るかに集中するとそういう判断も出てきますね。

ボランティアとパートタイムから実感した「働く現場」の感覚

Senna: ただ実際、現地企業のようなSaaS企業でアジャイル開発にチームとして入るみたいなイメージって、未経験からだと想像しづらい面もあると思います。そのあたりのギャップって、どのように埋めていきましたか?

Ishi: たしかにそれはあると思います。ですが、Langaraでのパートタイムは雇い主がインストラクターで、授業と同じような環境だったので、実際にはあまり大きなギャップは感じませんでした。

Senna: なるほど。Langaraではスクラムなども教えるんですね。

Ishi: はい。スクラムやアジャイルの概念は授業でも取り扱われていたので、自然とその延長線でパートタイムの業務に入れました。

Senna: ボランティアの方はどうでした?

Ishi: あちらはむしろ真逆で、何も決まっていない状態から自分たちで全部決めていく環境でした。ベンチマークも自分たちで定義し、パイプラインも一から設計する必要がありました。

Senna: それは大変ですね。

Ishi: でもそのおかげで、あまり「環境の変化によるギャップ」みたいなものは感じなかったですね。

Senna: 結果的に言うと、Langaraのプロジェクトでアジャイル的な仕事の進め方を学んでいたことが、現場に入る上での地ならしになっていたと。

Ishi: そうですね。特に“ビジネスとして使えるものを作れ”という現実的な視点が授業で求められていたのが大きかったです。インストラクターにもよると思いますが、プロジェクトでは「本当に需要があるのか?」というところから詰めていく必要がありました。

Senna: すごい。そういう観点が入るのは本当に大事ですね。

Ishi: プロジェクトはフルスタックで構築して、スクラムを模したチーム開発形式だったので、必要な概念はしっかり身につけられたと思います。

Senna: 他の学校だとファイナルタームで一気に作るみたいなケースが多くて、そこまでのプロセスをリアルに再現する授業って意外と少ない印象なんですよね。

Ishi: そうですね。BCITのCSTとかはCS的な知識の詰め込みがメインだと思うので、また少し違うと思っていました。

Senna: LangaraではJiraも使っていたって聞いて驚きました。

Ishi: はい。Jiraも使っていましたし、GitHubの運用も含めて、現場寄りのツールが普通に授業で使われていました

就職活動は人生で最もタフだった経験

Senna: ではいよいよ、実際の就職活動の話に移っていきたいと思います。
やっぱり今のご時世、ジュニアでの就職は相当厳しいと思うんですよ。ビザの問題もあるし、リセッション気味で経済も微妙。さらにLLM(大規模言語モデル)の台頭で「ジュニア雇う意味あるの?」なんて声すらある。その中での挑戦だったと思うんですが、振り返っていかがですか?

Ishi: 間違いなく人生で一番タフな期間でした。でも、その分本当にいろんな学びがありました。

Senna: ぜひ、細かく聞かせてください。ここが本題ですから。

Ishi: はい。まず僕はかなり早い段階から準備を始めました。先ほど話したように、半年の業務経験を積みたいと思っていたので、第2タームの途中にはすでにレジュメを作っていました。 この時点では、まだVanilla JavaScriptやCSSしかわからないようなレベルで、ちょうど最初のフロントエンドのプロジェクトが終わろうとしている時期でした。

Senna: えっ、そのレベルでレジュメ作ったんですか?

Ishi: はい。そのプロジェクトをラップアップしてすぐ、「とりあえず出してみよう」と、形にして応募もしていました。

Senna: 結果はどうでしたか?

Ishi: もちろん返ってきませんでした(笑)。ただ、Job Postingにどういう単語が並んでいるか、準備にどれぐらいかかるかを知るための練習としてはすごく意味がありました。

Senna: 試し打ちして市場感を知るっていうのは大事ですよね。

Ishi: そうなんです。で、これもKoichiさんの言葉を参考にしたんですが、フルスタック、いわゆるMERNスタックを使った実績でも応募できるものは増えると聞いて、第2タームと3タームの間のブレイクでUI/UXデザイナーを誘って個人プロジェクトを作りました

Senna: おお、それをLinkedInに載せた?

Ishi: はい。コードは正直かなり雑だったんですが、「MERNスタックでアプリ作った」という事実ができたので、少し自信にはなりました。で、それを武器に約100件ほど応募しましたが…

Senna: …返信きました?

Ishi: 全く来ませんでした(笑)。そもそも僕の時はプロジェクトベースしか書いてないレジュメなんて、誰も相手にしないという感覚でした

Senna: なるほど、そこで方向転換を?

Ishi: そうです。そこでマスアプライ(大量応募)は意味ないと思って、ネットワーキングに切り替えました。

ネットワーキングの重要性──ただし「どこに行くか」がカギを握る

Senna: この間もまさに同じような話をしていて。Kansukeさんってご存じですか?

Ishi: あ、はい。CCTBに通っていらっしゃる方ですよね。

Senna: そうですそうです。彼の一日密着動画を撮らせてもらったんですけど、彼も同じくネットワーキングの重要性を話されていました。

Ishi: うんうん。

Senna: 特にミートアップに行っても、全員レジュメ持参で、まるで「求職者の集会」みたいになっているって。

Ishi: 本当にそうなんですよ。登壇者の周りに人が集中してしまって、結局は「その中の1人」になってしまうんですよね。

Senna: そう。それで彼は他の様々なコミュニティに顔を出すようになって、中には趣味寄りのミートアップにも顔を出すようになったと。そうすると自然に会話が生まれて、ちゃんと“人”として見てもらえるようになったらしいです。

Ishi: 僕の周りでも似たような話がありました。Langaraで一緒だった人なんですが、ミートアップでたまたま仲良くなった相手がスタートアップのオーナーで。「ちょうどエンジニアを探してる」と言われて面接まで行っていました。結果的に就職にはつながらなかったんですけど。

Senna: それでもミートアップから面接まで行くのはすごいですね。

Ishi: あと他にも、クリスマスを一緒に過ごした人が実はテック登壇者だった、なんてこともあって。

Senna: それはすごい偶然!

Ishi:ミートアップに行くなら、自分が何かgiveできるものがあることが必須だと思います。大きく分けて、自身の職能やドメイン知識が活きるものと趣味ベースのものとがあると考えており、前者は僕でいうとファイナンスやスタートアップといったテーマのイベントです。後者は何でもいいんですがフレンドシップ、趣味に対する興味関心をシェアできることが、相手に対して提供できる価値かと。逆に、Tech系のイベントにいってもgiveできるものがあまりない上に求職者ばかりで雑踏に紛れてしまいます。知識を得る観点ではとても意義がありますが、就活の観点ではあまり成果は望めないかな...

Senna: これは業界経験あるなしにかかわらず、やっぱりそういう方が現実的なのかもしれないですね。

実際に決まった会社は、オンライン応募から

Senna: ただ、ここまでネットワーキングの重要性を話しつつちょっとオチというか…。今の会社って実はオンライン応募で引っかかったんでしたよね?

Ishi: そうなんですよ。結局、インタビューを受けた4社のうち、1社はミートアップ経由のフィンテック系、残り3社は全部オンライン応募でした。今の就職先もそのうちの1社です。

Senna: なるほど。LinkedInってどれくらい効果ありました?

Ishi: 意外とありましたね。LinkedInから直接連絡をもらった会社が3社あって、それぞれ全然違う評価軸だったんですけど。

Senna: どういったところを評価されたんですか?

Ishi: まず1社は、学生を雇うと補助金が出るプログラムに関係していたようで。「学生であるのに職務経験がある」という点を評価して声をかけてもらえました

Senna: Youthの補助金系ですね。よく聞きますし、Frogでも昔活用すべきってセミナー開いたことがあります。

Ishi: もう1社は、Langaraで僕がデベロッパーリード(Dev Lead)をしていたことに注目してくださったようです。リーダーシップ経験を評価されたんだと思います。

ビジネス経験を“武器”に選ばれた就職先

Senna: で、残る1社が今働いているヘルステックの会社さんでしたっけ?

Ishi: そうです。ヘルステック系のスタートアップです。

Senna: 金融出身のIshiさんが、ヘルステックに?どういうつながりなんでしょう?

Ishi: 僕も実はまだその答えを整理しているところなんですが…。この会社はシリーズA直後で、オペレーション人員が本当に少ないんです。だから、「ビジネスもわかるやつの方がセンス良く動けるだろう」という判断ももらえたようでした。

Senna: 面接プロセスでも、技術面接だけじゃなくてビジネス系の面談があったと聞いてますが?

Ishi: そうです。技術面接の後にビジネスオペレーションの責任者との面談がありました。僕が以前やっていたファイナンスの仕事や、審査業務を深掘りされました。

Senna: クレジットカードの審査ってことですか?

Ishi: はい。どれくらいの与信限度を設定するかという審査をしていたんです。それをマニュアルから自動化していった経験があって、それが響いたようでした。

Senna: それは確かに、ヘルスケア業界のオペレーションにも通じるものがありますね。

Ishi: 結果的に、“技術”と“ビジネス”の両方をわかっている人材として採用していただけたのかなと思っています。

コーディングテストも「実務想定型」

Senna: 面接はリートコードとか、そういうCS系のガチ問題だったんですか?

Ishi: いえ、テイクホーム課題でした。リートコード的なものは一切出ませんでした。
与えられたのは「こういう議題があったとき、君ならCEOにどう答える?」というような実務に近い内容でした。

Senna: 面白い会社ですね。

Ishi: さらに、AIエージェントを活用して何ができるかを提案するような課題もありました。Open Sourceのライブラリを渡されて、「これで何か作ってきて」と。1週間後にプレゼンする流れです。

Senna: それはなかなか濃い…。

Ishi: 正直AIエージェントについてその時点では単語を聞いたことある程度だったんですが、ちょうどライブラリがNext.jsベースで、自分の得意分野だったので助かりました。実際、過去の業務をAIに置き換えたらどうなるかというデモを作って、できる部分・できない部分の整理を含めて提案しました

Senna: CTOが見たかったのはコードのうまさではなく、「どう発想して、どこまで自力で動けるか」ってことだったんでしょうね。

Ishi: たぶんそうだと思います。

面接の流れと選考プロセスの詳細

Senna: では、話が少し前後してしまいましたが、面接の流れについてお伺いしたいです。一次面接はリクルーターの方でしたか?

Ishi: いえ、一次面接はFounding Engineerの方でした。最初から内部の方が出てきましたね。

Senna: ああ、もう最初から技術系の方だったんですね。

Ishi: はい。面接の前に、「こういう記事を書いているから読んでおいてね」と言われて、Substackにあるその会社の投稿を読まされました。

Senna: なるほど、記事を読んでおいてっていうのはなかなかユニークですね。

Ishi: 最初の面接は30分ほどの行動面接系の質問で、宿題的なものは後から提出という形式でした。「自分のタイミングでまたセットしてプレゼンしてね」っていう感じで進みました。

Senna: 二次が先ほどのバックエンド技術の話ですね?

Ishi: そうです。バックエンドの技術的な面を問われる面接でした。とはいえ、技術的な知識では自分は輝けないと思ったので、渡された記事を読み漁ってサービスのビジョンやビジネスモデルの仮説を立てることに注力しながら臨みました。「〇〇を実装するためにどうするか」という技術論というよりは「会社のフェーズ的に〇〇の優先順位が高くXXは後回しでいいと仮定して...」とか「YYを顧客に含めた方がいいと思うので」みたいにビジネス的な視点を織り交ぜるイメージです。ここの設定次第でデータモデルが変わることなどをLangaraのプロジェクトで身を持って体験していたので、自分のビジネスサイドでの経験と合わせてリアルな回答を提示できたのが結構大きかったと思います。

Senna: 三次がBizOps?

Ishi: はい。私のビジネスサイドのバックグランドも加味し、BizOpsの責任者の方とも面接させて頂きました。

Senna: ちなみにそのポジションはジュニア向けの募集だったわけではなかったんですよね?

Ishi: はい。特に「ジュニア向け」と書かれていたわけではありませんでした。誰でもという感じで出されていたと思います。募集要項も毎回同じものを出しているという話でした。

Senna: となると、当然業界経験豊富な候補者もいたと思いますが、その中でIshiさんが選ばれたのは、やはり先ほどお話されていたように、他にないバックグラウンドを持っていることが評価された、ということですかね?

Ishi: そうだと思います。実際チームに入ってみて、中堅〜シニアレベルの人が8人ぐらいいるんですが、皆さんすごく経験豊富で。だからこそ、「1人ぐらい異色な人材をジュニアで入れても面白いんじゃないか」と会社として思い始めていたタイミングだったのかもしれません。

Senna: なるほど。最初からそのつもりだったわけじゃなく、たまたまIshiさんの応募が目に留まって、「この人面白いかも」って思われた可能性もあるわけですね。

Ishi: そうですね。あと僕が応募したのがポジションは求人の公開から3時間後くらいだったんですが、たぶんその時点で応募が100件ぐらいあったようでした。その翌日に返信が来たのですが、最終的にそのポジションには800件来ていたと聞いています。

Senna: シリーズAの会社さんの一つのポジションで800件もあったんですね。それだけ来ると、オンライン応募でもしっかり目に留まる準備が必要ですね。

Ishi: そうですね。僕としても、なるべくレジュメは応募先ごとに書き換えるようにしていて、毎日4〜5件は「出してみようかな」と思える求人をチェックしていました。

Senna: すごいですね、それを日々続けるのは。

Ishi: 1日に1〜2件しか応募できない日も多かったんですが、1ヶ月続ければ50件、2ヶ月続ければ100件にはなるので。やみくもに出すよりも、自分の強みが活かせる求人を見極めて出すようにしていました。

Senna: そうするとフィンテックやビジネス系スタートアップの求人は特に意識して応募していたんですか?

Ishi: はい。自分がスタートアップのグロースフェーズにいた経験があるので、そのあたりはしっかり書くようにしていました。

Senna: 結果的に、3件インタビューに繋がったわけですよね?ジュニアレベルでこれはかなりすごいことだと思います。

Ishi: そもそも期待していなかったのと、冬の時期でミートアップも年末年始で開催されていなかったんですよね。なので、「もうやることないし、送るしかない」と思って応募し続けたという感じでした。

Senna: 結果的にそれが当たったと。ちなみに今の会社含め、その3件はすべてオンライン応募ですか?

Ishi: はいそうです。レジュメの内容と、自分のビジネスバックグラウンドやカナダでの就業経験がうまくマッチしたのかもしれません。

Senna: なるほど。「未経験だから」といって、それを前面に出すより、他の業界での経験や強みを推す方が効果的だったということですね。

Ishi: まさにそうです。むしろ「未経験です」を前面に出してしまうとノイズになってしまうと思っていて、逆に「このドメインでの経験があります」と打ち出していく方が圧倒的に良いと感じました。

ミートアップやネットワーキングを通じた関係構築の広がり

Senna: こっちで未経験から入ってくる方って、本当にすごいことですよね。ということは、さっき話に出ていたミートアップでの出会いも含めると、関係性を持てた企業って4社くらいあったという感じですか?

Ishi: そうですね。結果的に4社くらいとは関係を持てました。それ以外だと、最終的にはオファーはいただけなかったんですけど、自分がFintech業界で働いていたという経験を理由に何回かコーヒーチャットで繋いでもらって、最終的にUBCの先生に行き着いたっていう流れがありました。

Senna: UBCの先生?

Ishi: はい。その先生と話していたら、「自分の友達がFintechのスタートアップのファウンダーだから紹介してあげるよ」って言ってくださって。でも、その時ちょうど採用を止めてしまっていたらしく、話にはならなかったんですが、すごく可能性は感じましたね。

Senna: なるほど。それはタイミングが合わなかっただけって感じですね。今じゃなくて、またそのうちにっていう。

Ishi: そうですね。

Senna: でも、そういう意味でいうと、今のお仕事が決まったのはもちろん良かったとしても、ついこの間もFrogのメンバー方で、現地で働いていた会社が買収されて給料の支払い止まってしまって。そこからFrogで紹介したりもして、先日なんとか再就職されたっていう事例もあって。本当に何が起こるか分からないのが北米市場だなと。

Ishi: まさにそうですね。

Senna: だからこそ、今関係を作っておくっていうのは大事というか。ワンチャンというか、「ここ入れるかも」みたいな場所を、少しずつ持っておくっていうのも、すごく意味があることかもしれませんね。

Ishi: はい、ほんとそう思います。就活においても、こっちで実際に暮らして働いている人たちと話すっていうのは、自分のモチベーションにも繋がりますし、現実的なイメージも湧くんですよね。自分の強みを発見することや、売り込む練習になりますし、その後の就活でいざ面接となった時に気後れしなくなります。単純にネットワーキングという意味でも、そういった話の中で「ここで繋がりを持っておくと、将来何かに繋がることがある」というのはよく言われているので、すぐに何か良いことが起きなくても、悪いことは一つもないなという感覚があります。

Senna: ほんとそれですよね。ポストグラデュエーションワークパーミット(PGWP)も3年ありますし、これからもいろんな会社をちょっとずつ覗いてみるっていうのも全然アリだと思います。

 Ishi: そうですね、楽しみです。

海外での仕事を通じて感じた文化の違いと働き方の変化

Senna: さて、そろそろ終盤ですけど、日本で働いたことがある人がこっちで働き始めた時に感じる「文化の違い」っていうのがあれば、ぜひ聞いておきたくて。Ishiさんの場合、日本企業以外で働くのは今回が初めてというわけでもなく、タイとインドネシアの経験もありますよね?

Ishi: はい。なので自分の場合は、むしろ「戻ってきた」っていう感覚が強くて。インドネシア時代と似た感覚があるんですけど、やっぱりオーナーシップをしっかり持つということが明らかに重要だと思いますね。

Senna: というと?

Ishi: 日本だとどうしても、部署の意向や上司の意向を実現するような構図が中心にあると思うんですけど、そういった働き方ではまったくパフォーマンスが出せないというのが、こっちの会社だと思っていて。上司との関係も、どちらかというと「自分の課題を一緒に解決してくれるサポーター」みたいな感覚なんです。だから、良い意味で全部自分のリソースって感じです。

Senna: なるほど。完全に任せられているという感覚ですね。

Ishi: はい。もちろん課題はトップレベルからふんわり降りてくるんですけど、具体的なイシューの認識やそれをどう解決するかは自分次第で、しっかりとリーダーシップとオーナーシップを持って実行する責任があるという感じです。今の会社でもそうですし、前に働いていたインドネシアやタイの会社も同じような文化でした。

ミスに対する寛容さと「早く試して早く失敗する」文化

Senna: へぇ。ミスに対する文化的な違いとかもあったりしますか?

Ishi: ありますね。これは本当に大きい。ミスに対して寛容なんですよ。実際、今の会社で自分がやろうとしているフィーチャーに関して、ビジネス側と話してたら「8割ぐらい完成してたらとりあえず出してみようか」みたいな感じで言われて。

Senna: え、ヘルステックなのに?!

Ishi: そうなんですよ(笑)。でも、それくらい「とにかく出してフィードバックをもらって改善しよう」という文化が根付いているんですよね。「早くトライして早く失敗する」って言葉はよく聞きますけど、本当に染みついているなって。

Senna: 分かんなければすぐ聞けばいい、っていう感じもあるんですかね?

Ishi: はい、まさにそうです。むしろ、もうちょっと早めに質問してくれる?って言われます。「ちゃんと調べてから聞け」っていうプレッシャーがなくて、すぐにヘルプを求めやすい環境だなと感じますね。

Senna: 素晴らしいです。

エンジニアとしての今後の展望──求めるのは「技術力」よりも「ビジネスインパクト」

Senna: ありがとうございました!では残りの質問も少ないですが、今後の展望についても、ぜひお伺いしたいです。今の会社で働きながら、将来的に目指していることや計画などがあれば教えてください。

Ishi: 今は本当にエンジニアとして、一人前になるためのキャリアを積むっていうところにしか、正直あまり視野が向かないですね。特定的に「こういうエンジニアになりたい」っていうのは、まだ難しいところがあります。

ただ、自分のキャリアを振り返ると、ビジネスサイドの経験があるという点が強みで、それを活かして今の会社にも採用されたと思っていて。なので、技術的に優れているかどうかというよりも、「ビジネスインパクトを残しているか」を重視したいですね。たとえば、経験につながっているかとか、大幅にコストが下がったとか、誰かの拘束時間を大幅に緩和できたとか、そういう結果を残せたかという点にフォーカスしていきたいなと思っています。

AI(LLM)との共存について

Ishi: あともう一つ、これはLLMの時代っていうところにも関わってくるんですけど、僕はけっこうAIに対して感謝している部分もあって。たとえば、ChatGPTやCopilotのようなツールがなければ、こんなに早く学習曲線を登ることはできなかったと思うんです。

今の会社がたまたまそういう考え方なだけかもしれませんが、単純なエンジニアスキル──たとえばLeetCodeのような世界──の価値は相対的に下がってきている気がしていて、エンジニアリングに加えて何かもう一つ価値を出せるかが、特にジュニアにとって重要なんじゃないかと。

Senna: なるほどですね。

Ishi: すごく高いレベルのエンジニアさん達はすでにLLMに出来ない領域で活躍されていると思うので良いと思うんですが、僕らみたいなこれからの人は、すごく優秀なCSバックグラウンドを持ったとしても、GPTが出てきた今、「それだけでは代替が利く」と見られてしまう可能性があると思っています。だからこそ、なぜ自分がAIに代替されないのかを考える必要がある。実際、僕も今のまだリセッション気味のこの時代に海外就職が出来たのはAIがあったからだと思っています。

Senna: なるほど。上手く使おうと。

Ishi: そうですね。所詮はまだツールでしかないので

金融×テックという見えにくいフィールドで活かせる強み

Senna: あと金融ドメインにいた経験があるIshiさんなわけですが、正直その分野って、まだ金融ドメイン+エンジニアの知識で「こういう結果が出るよね」って想像がまだ出来ないですよね。そこも実は人材の価値としては大きかったのかもしれないですよね。

Ishi: そうですね、たとえば新しいクレジットモデルを作って、これまで借りられなかった人にお金を貸せるようにしようという時に、データを集めるためのサービス設計やドメイン知識が問われてくると思うんです。

今まではビジネス・エンジニア・プロジェクトが分断されていたけれど、自分はそれを一気通貫で考えられるという点が差別化につながると信じています。たとえばプロンプトも、ちゃんと書けなければAIに指示も出せないですよね。これとすごく似ていると思います。

AIエージェントを実際に触ってみて感じたんですが、GPTがちゃんとしているように見えるのって、常に人間が対面で調整しているからなんですよ。勝手にやらせたら、何をしでかすかわからない。だからこそ、人間ってまだまだ重要だと思っています。

これから海外就職を目指す方へのアドバイス

Senna: では、最後に、これからIshiさんと同じように海外就職を目指す方々に向けて、何かアドバイスをいただけますか?

Ishi: そうですね。多くの方が「事前の準備をしっかりしましょう」と言われていますが、私も本当にその通りだと思います。ただ、実際にカナダに来てから感じたのは、海外就職活動はメンタルゲームであるということです。このインタビューでお話ししたような方法論はありますが、結局のところ、それらを継続できるメンタルを保てるかが非常に重要だと思います。

カナダに来る方の中には、日本でうまくいかなかったからこちらに来るという方もいらっしゃるかもしれません。しかし、何かが嫌だからというモチベーションより、自分が幸せになるための明確なビジョンを持ち、それを実現するためにカナダでどうするかという意識があると、こちらでの生活や就職活動にも意味を見出しやすくなると実体験から感じました。

Senna: いや素晴らしいアドバイスですね。

Ishi: また、自分の価値、エンジニアとしての能力、そして就職できるかどうかは、切り離して考えるべきだと感じています。私自身、カナダに来た当初は、過去の経験をすべて捨ててゼロからのスタートだと感じていました。しかし、実際には過去の経験に救われて就職できた部分もあります。これまで築き上げてきたものは確実に価値があり、それはここで何をしようと関係ない話ではありません。

エンジニアとしてのスキルアップは、その価値にアドオンするだけの話であり、学習がうまくいかないからといって自分に価値がないと思う必要は全くありません。そもそも、特に未経験者の場合は皆さん国も職種も変えて時間もお金も犠牲にしている訳で、そうした人生を賭けたチャレンジを実行している時点ですごいことだと思います。

Senna: 確かに、変なプライドを持って望むのはよくないですが、逆に自分には何もないと思い込むことによる弊害も大きいかもしれませんね。

Ishi: 成長のスピードは人それぞれであり、焦らずに自分のペースで積み重ねていくことが重要です。就職活動においては、LinkedInでの応募が主流ですが、経験年数だけでスクリーニングされてしまう現実があります。未経験者の中にも輝く人材はいるはずなのに、経験年数だけで判断されてしまうのは残念です。

そのため、採用の価値基準自体に疑問を持ち、自分の本質的な価値やエンジニアとしての能力とは切り離して考えることが必要です。

Senna: それは多くの採用担当者も頭を悩ませてるポイントかもしれませんね。

Ishi: なので採用側のジャッジが正しいと考える必要はないと思います。従って、LinkedInで応募しても返事が来ないからといって、自分に価値がないと思う必要は全くないですよね。但し、自分が然るべき人に認知されるための動きをしているかどうかを省みることは重要です。自分の強みを再認識し、とにかく自分を認識してもらうために必要な場所に顔を出していくことが大切です。

Senna: それは未経験者に限らず、日本での転職活動でも同じことが言えると思います。

Ishi: 自分の棚卸しをしっかりと行い、その上で動いていけば、その人にしかできないストーリーを経て就職できるケースが出てくるのではないかと思います。

Senna: なるほど。おっしゃる通りですね。メンタルゲームというのは本当にその通りで、僕は今になって未経験の方々の考えを思い返すことは難しいですが、想像することはできます。LinkedInなどで応募を続けて、断られ続けると、自分に価値がないのではないかと思ってしまう方もいるでしょうね。

Ishi: そうですね。そんな中でも自分を信じることが大切です。未経験で安い賃金で働いているのは今だけで、3年後には日本にいた時の3倍くらいの収入を得ているかもしれないと考えて、前向きに取り組んでほしいです。

Senna: 確かに、そう考えると気持ちも楽になりますね。

メンタル的に限界を感じたとき、どう乗り越えるか

Senna: メンタル的にやばいタイミングって、自分がやってきたことが無駄かもしれないって思う瞬間じゃないですか。そういう意味で言うんだったら、それこそこういちさんだったり、ともさんだったりもそうですけど、「自分が今こういう行動を取ってるんですよね。で、あんたたちは、俺の今取ってる行動ってどう思うの?」っていう、壁打ちのような機会が定期的にあるだけでも、メンタルブレイクを避けられるんじゃないかって、個人的には思っているんですよ。

Ishi: そうですね。確かに、そういうフィードバックや会話があることで、自分の行動に対しての不安は和らぐと思います。そういう仕組みが徹底されていれば、先ほどお話した「自分がやってきたことがすべて無駄だった」「自分には価値がないんじゃないか」といった考えには至らないと思います。いや、至らないようにしたいというか、そういうマインドの持ちようが大事だと思っています

Senna: なるほど。とはいえ、ここ数年で海外就職自体が一気に厳しくなってるっていう現実もありますよね。

Ishi: はい、それは確実にあります。たとえば、こちらで未経験就職した、今だと3年目くらいの人に個別に話を聞く機会があったのですが正直、あまり参考にならなかったんですよ。

Senna: それはどういう意味で?

Ishi: その人は、「Angularやったことなかったけど、現場でガチャガチャやってたら就職できた」とか「ネットワーク広げとけばどうにかなるでしょ」みたいな、当時の空気感で乗り切った成功例だったんです。でも、今の自分たちの置かれている環境とはまったく違う。時代が違いすぎるんです。

Senna: 確かに、2022年とかそのあたりの空気感で同じことをやって就職できたらたぶん驚愕しますね(笑)

Ishi: (笑)だからこそ、メンターに話を聞いてもらうのは大事なんですけど、どこかで「前提が違うな」と感じてしまう瞬間もやっぱりある。そのときに、どれだけ自分を信じられるかが重要なんですよね。僕のこの話もすぐに廃れていくと思いますのでどんどんアップデートされることを願っています。

Senna: いや、本当に難しいですよね、その辺は。喋り出すとたぶんまだまだ出てきそうです。ちなみにもしよければなんですが、落ち着いたタイミングでFrogのWikiにあるメンターリストにIshiさん追加させて頂いても良いですか?

Ishi: 自分でお役に立てるならもちろんどうぞ

Senna: ありがとうございます!この時代のジュニア就業者は非常に貴重なのと、僕自身今日はかなり勉強になったのでありがとうございました!


いかがでしたでしょうか?

Ishiさんのインタビューを通して感じたのは「過去のキャリアは存分に活用する、しかし成功体験に縛られない」という一貫した姿勢です。一つの業界で成果を出した、または成功した人というのはその体験を忘れられず、それが新しい挑戦を妨げているか、ブレーキになっている人というのは多くいらっしゃいます。Ishiさんも日本では素晴らしい環境、素晴らしい職場に居て多くの成功体験を積んだことでしょう。その上で全く違う業界の技術者としての夢を描けるというのは、その姿自体がIshiさんの素晴らしい謙虚さと、自分の目標に向かう姿勢が現れていると感じました。

Ishiさんのインタビューは、ただの成功談には留まらなかったと思います。試行錯誤しながら積み上げてきた一歩一歩と、何度も立ち止まりながらも自分の価値を信じて行動してきた記録です。

冷静に考えてみれば「自分のこれまでの経験には価値がある」と気づかなければ、キャリアを動かすことは難しい。業界外の経験を積んだからこそできること、自分にしか語れないストーリーを信じて是非皆さんも海外就職の参考にして頂ければと思います!