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最新インタビュー

文系卒エンジニア。日本のメガベンチャーを経て、サンフランシスコ発FinTech企業でカナダ支社の立ち上げメンバーになったYugoさん
インタビュー

文系卒エンジニア。日本のメガベンチャーを経て、サンフランシスコ発FinTech企業でカナダ支社の立ち上げメンバーになったYugoさん

今回お話を伺ったのは、アメリカのFinTechスタートアップTransCryptsでiOSエンジニアとして働くYugoさんです。サンフランシスコ発の会社がカナダ支社を立ち上げるタイミングでジョインし、現地の正社員としては第1号。本人は「カナダブランチで一番古参になりました」と笑います。 日本では2019年に国際系の文系学部を出たあと、元請けのSIer、家計簿アプリの会社、渋谷のメガベンチャーと、独学のiOSを軸にキャリアを積んできました。大学3年の夏にバンクーバーへ1ヶ月の語学留学をし、そこで「今度はここで働きたい」と思ったことが、エンジニアと海外就職を同時に志す起点になっています。2024年12月にバンクーバーへ渡り、コーナーストーンのウェブ開発コースへ。iOSの求人が少ない西海岸では仕事が見つからず、カナダ全域で約100社に応募して、トロントのオファーを掴みました。求人の比はバンクーバー対トロントで「本当に1対8くらい」。立ち上げ期の面接は、CTOとCEOとの90分のシステムデザインと、3時間のライブコーディング。英語で説明できず「落ちた」と思った選考が、なぜ通ったのか。Podcast「海外キャリアログ」でのインタビューをお届けします。 文系、SIer、独学でiOS Ryo: キャリアの始めくらいから教えていただけますか。 Yugo: 2019年に文系の大学を出たあと、最初は元請けのSIerにシステムエンジニアとして入社しました。そこで初めてプログラミングの学習を研修でやって、楽しいなと思ったんですけど、配属後は基本的にExcelばっかりで。もっとコードを書く仕事がしたくて、趣味で学んでいたiOSアプリ開発ができる、家計簿アプリの会社に転職しました。そこで2年ほど働いたあと、渋谷のメガベンチャーに転職して、ストリーミングサービスのiOSアプリ開発をしていました。そこを2年しないほどで辞めたあと、2024年12月にバンクーバーへ渡航して、コーナーストーンのウェブ開発コースに入りました。就活はすぐに始めて、半年経ったぐらいで今のトロントの会社からオファーをもらって、働き始めてちょうど1年2ヶ月ぐらいです。 Ryo: ビザの計画は、どんな形でしたか。 Yugo: Frogがよく提唱している、コープとワーホリを組み合わせて2年ぐらいいる、みたいなプランで入りました。当時はまだワーホリ2年という話もなかったんですけど、今は3年目ももらえそうです。 Ryo: 趣味で始めたプログラミングのきっかけは。当時は今ほどiOSの開発環境が整っていなかったイメージもありますが。 Yugo: 新卒研修でJavaをやって楽しいなと思って、その延長で。もともとiPhoneアプリ開発に興味があったので、始めました。当時でもMacBookがあって、Xcodeを入れたらすぐにシミュレーターを立ち上げてアプリをビルドできた。そこが楽しくてやれました。最初はUdemyを見ながら独学でした。 メガベンチャーの「ギラギラ」と、来やすさ Senna: Frogに海外へ行きたいという問い合わせはいろいろ来るんですけど、メガベンチャーは件数自体はそんなに多くない。なのに、実際に来る人の割合がむちゃくちゃ多いんですよ。メルカリさんとか他のところも問い合わせはたくさんあるのに、実際来るのはそのメガベンチャーなんです。行動力の塊なんですかね。 Yugo: ギラギラしてる子は、めちゃめちゃ多かったです。僕は中途だったんですけど、新卒の子とか見てても、めちゃめちゃギラギラしてる子は多かったですね。 Ryo: 聞きづらいけど、メルカリと比べて給料的な面でキャリアを捨てやすい、みたいなのはあるんですか。Sennaさんがよく言う、日本にある外資、AmazonだったりMicrosoftだったりは、やっぱ来ないじゃないですか。日本の中で一番いい層にいるから、捨てられない、という感じもあるのかなと。 Yugo: 人によってはあるのかもしれません。 Senna: メガベンチャーの中では、そんなに給料が光ってるわけじゃないところからの問い合わせは、ちゃんと来るな、というのは確かに思う。一方で技術レベルで言うと、そういうメガベンチャーってめちゃくちゃ高いイメージがありますよね。メルカリよりも、イメージだけは高い。 Yugo: 全然詳しいこと知ってるわけじゃないので、言えません。 大学生のバンクーバーと、英語を先に学ぶ選択 Ryo: メガベンチャーの人も多いとはいえ、海外に行くぞ、というきっかけはどのあたりにあったんですか。 Yugo: 海外に行きたいと思っていたのは、ずっと前からです。大学3年ぐらいの頃に、バンクーバーへ語学留学で1ヶ月行ったことがあって。夏だったんですけど、その経験がすごく良くて、今度はここで働いてみたいなと。働くなら何がいいんだろうとなったときに、エンジニアが海外就職しやすいと聞いて、海外就職とエンジニアを同時に志すようになりました。プログラミングをやる、もっと前から海外で働きたい、というのは持っていて。勉強を始めた頃には、エンジニアなら海外で働けるしありだな、というのが頭にありました。 Senna: 英語の勉強は、その頃から。 Yugo: 大学が国際系の学部で、授業を英語で取るものも複数あったし、英会話の授業もありました。大学生の頃から英語は結構勉強していました。 Ryo: 英語だけじゃダメだよ、英語プラスアルファじゃないと使えない、というアラートを出す人はいっぱいいる。でも海外に出たい、海外で働きたい、というのが起点なら、先に英語を学んで、技術はその後に考えてもいいのかな、とちょっと思います。 Senna: ただビザの話だけは言っておくと、文系と書いてあってエンジニア、というと、門が狭まるよね、とは思っちゃう。永住権の時は英語で挽回できるんですけど、就労ビザの時は申請条件に入ってきたりする。絶対不利、ではないけど、たまにそういう局面はある。 Yugo: 今で言うとそうかもしれないけど、長い目で見たら英語の方がつぶしがきくんじゃないか、と思ったりもします。 Ryo: 大学卒業時点で、英語はもうできた、というイメージですか。IELTSやTOEICは。 Yugo: 英会話は、自信ないわけではないですけど、今のベースは本当に大学で学んだ頃のまま、という感じです。IELTSは受けたことがなくて、TOEICは大学生の頃に850ぐらい持っていました。コーナーストーンに来るのにIELTSは必要なくて、TOEICで許されていた時代でした。 4年のiOSで動いた。早かったのか、遅かったのか Ryo: メガベンチャーで1年、2年働いて、次の瞬間には海外、ですよね。Excelをいじっていた時期もあるとすると、技術的にはもうちょっと頑張ってから来た方がいい、というコメントもありそうで。熱いうちに急ごう、だったのか、もうちょいメガベンチャーで積んでもいい、という葛藤もあったのか。計画はいつから。 Yugo: 新卒ぐらいの頃から計画自体はしていて。新卒の終わりぐらいにコロナが来て。それで2社目の家計簿アプリの会社にiOSエンジニアとして転職して、そことメガベンチャーを含めて約4年分のiOSの経験があって。ワーホリやコープのビザを考えると、そろそろ行かないと間に合わないなと思って動き出しました。 Senna: 相談を受ける側としては「まだ4年しかないんですけど、行っていいですか」が多いんですよ。Yugoさんは大学生の頃から海外を計画していたから、むしろ短いくらい、遅いくらい、と感じた。ご自身としては、早かったですか。もっと準備できた、もっと早く来れた、のどちら。 Yugo: 正直、半々ぐらいです。もっと早く行ってもよかったなと思うし、今の経験がなかったら就職できていなかったかもしれない、と感じる時もあります。 Ryo: 家計簿アプリの会社とメガベンチャーは、日本人からすると綺麗なレジュメだと思うんですよ。こっちの人からしたら、その会社をほとんどの人は知らない。2年抜けててもいけたんじゃないか、とも思ったんですけど。とはいえ技術力の強い人が多い会社で、そこで学んだ経験はある、と。半分の不安は、そこですか。 Yugo: そうですね。メガベンチャーでの2年近くが、自分の中でも濃密だったので。あの経験がなかったら、今はちょっと分からないな、というのが大きいです。働いている人たちのレベルがすごく高かった。iOSアプリのチームだけでも、多い時は15人ぐらいいて、1つのプロダクトに関わっていた。OSSを触っている人も結構いたし、日本のiOSカンファレンスで登壇されている方も多かったです。 Senna: 日本での技術者のレベルと、今の会社でのレベルを比べると、どっちが高い、みたいなのはありますか。 Yugo: 今の会社でiOSアプリ開発をメインでやってきた経験があるのは自分だけで、他のメンバーはバックエンドやWebフロントのバックグラウンドなので、単純に比較はできないんですけど。それでも、普段の開発に対する意識や、バグを出さない意識で言うと、日本で働いていた環境の方がきっちりしていたな、という感覚はあります。ベクトルはめちゃくちゃ違うと思います。 バンクーバー対トロント。iOSの求人は1対8 Senna: トロントに移ったのは、バンクーバーにモバイルのポジションがないから、ですか。もともと行きたかったとか。 Yugo: 行きたいとは全く思ってなかったです。iOSエンジニアとして就職できるなら、最初は場所を選ばずに、カナダ全域で就活していました。本当に1対8くらいの割合ですね、バンクーバーとトロント。 Ryo: アメリカの会社のフルリモートや、コントラクトみたいなポジションは。サンフランシスコならモバイルチームもいそう、というイメージもあるんですけど。 Yugo: 少ないと思います。正直、最初はUSの会社をあまり探していなくて。ビザ的な理由ですね。最初ちょっとだけ探して応募もしてみたんですけど、LinkedInやIndeedのVisaの欄で、スポンサーシップ入れますか、みたいなところで大体弾かれて。全然ダメそうだったので。 Senna: 今はコープだと、カナダのBC州の会社じゃないと探しちゃダメ、くらいになっている。Yugoさんの時はまだ良くて、トロントの会社でもよかった。今はBC州だけになっちゃったから、コープの人気がちょっと衰えた、というのもあります。アメリカの会社でコープを満了しているFrogメンバーもいますけど、やり方はあるにはある。基本は、コープの人はカナダの仕事、がルールです。 Ryo: バンクーバーとトロントは、人口がほぼ3倍くらい、会社の数もだいたい2.5倍くらい、トロントの方が大きい。打てる玉が多いので、就活の成功率やキャリアの選択肢はトロントの方が多い。戸橋さんも、次のキャリアを探すならカナダだったらトロントくらいしかないんちゃうか、とよう言います。開発者として、生活者として、どうですか。 Yugo: 開発者としては、本当にトロントの方が求人は多いです。特にトロントはファイナンシャル・ディストリクトがあって、カナダのメジャーな銀行もモバイルエンジニアを募集していたり。モバイルエンジニアだったら、ほぼトロントにしかいないんじゃないか、と感じるぐらいチャンスはあります。 Senna: トロントってフィンテック、バイオテック、AI。金融以外でもテックの厚い会社が多い。トロント大学もあって、ジェフリー・ヒントンがいたり。生活面は。 Yugo: 寒いですね。寒いに尽きる。夏も結構暑くて、たまに35度ぐらいまで上がったりします。暑くて寒いです。地下は発展していて、地下鉄で4駅分ぐらいは地下街みたいになって歩ける。そこからオフィスもほぼ繋がっているので、電車を使ったあとは外に出る必要はあまりない。それでも寒いものは寒いです。 Ryo: マイナス20度、30度いっても、家があたたかくて会社まで外に出ない街づくりなら困らないのでは、という話も聞くんですけど、辛いものは辛い、と。 Yugo: そうですね。辛いものは辛いです。 ビザはバンクーバー、仕事はトロント、暮らしは人による Senna: トロントかバンクーバーか、という問い合わせはFrogにめちゃくちゃ多い。ビザに関しては、残念ながら圧倒的にBC州、バンクーバーの方がオプションが多い。テック系に即しているものが多い。仕事は、数も多ければ給料もトロントの方が高いだろう。生活は気候が合う合わない。チルな環境がいいならBCかな、とも思いつつ、エアコンの効いた家ならええんちゃうの、という意見も分かれる。勝手な理想を言うと、BCで永住権を取ったりビザがなんとかなったら、すぐトロントに行っちゃったらいいんじゃないか、と僕は思っているんですけど。 Yugo: チャンスで言ったら圧倒的にトロントの方が多いですよね、会社の。ただ、生活面を本当に求めるんだったら、バンクーバーほど生活しやすい海外はないんじゃないか、と思ってしまうぐらい、僕はバンクーバーの方が生活はしやすいです。 Ryo: 新しく来た人にとって、永住権を取った方がいいよ、と言われるとちょっとビビる、というのはあります。2、3年いたいだけなのに、なんでこいつ永住させようとしてんの、と。永住権を取ったら永住しないといけない、日本を裏切ったみたいな雰囲気が出る。僕たちの目線で言うと、永住権はオープンワーク、どこの会社でも働ける権利、みたいな意味で使っています。ビザがないとチャンスも取りに行けない、というのもあるから、難しいところではあります。 Senna: バンクーバーほど、日本人やアジア人にとって住みやすい、アジア以外の国はないと思っている。8年経ってなお住んでいる理由を分析すると、嫌なことがない、というのがすごく大きい。ご飯もまずくない、中国系、韓国系、日本系の食材も手に入る。夜も一人で歩ける。ある程度全部整っていて、嫌なことが少ない。 Yugo: 去年のバンクーバーの冬も経験しましたけど、雨が、とみんな言うと思うんですけど、僕は気にならなかったです。キャリアを取るか、生活を取るか、みたいな感じだと思います。人にもよりますしね。 カナダに選んだ理由は、大学の経験が大きかったのもありますし、海外エンジニアで検索したらだいたいFrogがトップで出てくる。当時読んだのが、MinaさんのiOSエンジニアのインタビューで。そこからFrogの界隈を知って、YouTubeを見たり、前身のバンクーバーのエンジニアのポッドキャストをめちゃめちゃ聞いたりしていました。自分がインタビューされる側で出られるのが、今回すごく嬉しくて。 Ryo: トロントに移ってから、コミュニティはどうでしたか。渡航後、誰かに頼ったとか。 Yugo: Xで「トロントでジョブゲットしました」とツイートしたら、Shoさんがトロントの日本人エンジニアのコミュニティに招待してくれて。Discordは、当時50人ぐらいで、今見たら80人ぐらいになっています。ShoさんとMarieさんがイベントを企画してくださっていて、バーベキューしたりピクニックしたりご飯に行ったり。多いと月に1回ぐらい。トロントではそこのコミュニティに助けられています。 Senna: バンクーバーだと、学校に行っている時から一緒に頑張った友達がいる。就活はつらいので、返事が来ないのにレジュメだけ送るのを一人でやるのはきつい。友達とダベりながらアプライできる、文句を言いながらやれる、そのあとご飯に行ける。そういうコミュニティがあるのは、バンクーバーでもトロントでもいいですよね。 Yugo: そうですね。間違いないです。 Section 174と、カナダ支社の1人目 Ryo: 今の会社は、カナダでは1社目ですよね。どういうことをやられているんですか。会社名は出して大丈夫ですか。 Yugo: 大丈夫です。TransCryptsという会社で。もともとアメリカのサンフランシスコの会社で、ベリフィケーションチェックのプロダクトを作っていたんですけど、自分が就職する直前にカナダのブランチを立ち上げて、全く別のプロダクトを作ろう、という形でジョインしました。ちょうどSection 174の影響で、アメリカの会社がカナダに支社を作る動きが増えていた時期だったと思います。 Senna: Section 174は、2、3年前くらいにアメリカでエンジニアを雇うと、今まで経費扱いできていたのができなくなって、人を一人雇うとむちゃくちゃな税金を取られる、という話です。何千万円の人をアメリカで雇うより、同じ英語圏、同じ時差でビザも簡単なカナダで雇った方がいい、となって、たくさんのブランチがこっちにできてポジションが空いた。バンクーバーにも相当多かった。普通に考えるとサンフランシスコからバンクーバーに出した方がいい、と思うじゃないですか。バンクーバーとトロントだと平均年収も、ちょっとトロントの方が高い。金融の街、という文脈が大きいのかなと。 Yugo: トロントの方が応募は来る、とは言ってましたね。人口だけでも2、3倍あるので。 Ryo: 人を確保するために、SF側との連携を重視するか、欲しい人材を重視するかで、企業によって方針はずれる。別プロダクトだったら、そこまで密な連携もいらない、というのもありそうです。 Yugo: ベリフィケーションチェックのプロダクトと、自分が今作っているのは、本当に完全に全く別のプロダクトです。簡単に言うと、証券口座と連携して、そのデータをAIに読み込ませてインサイトをもらう、みたいなアプリです。マネーフォワードの、もうちょっと北米によっている版、という感じで。完全に消費者向けのB2Cです。一般ユーザー向けに作っています。ベリフィケーションチェックの方はアメリカがメインで、ただ今カナダにも広げていて、カナダのブランチで営業の人を雇ったり、新しい人が増えてたりもしています。プロダクトはその2つが今メインです。 Senna: 新しいプロダクトの開発部隊としてトロントにチームができて、そこにジョインしたのがYugoさん。本当に初期から入れた、と。 Yugo: 初期メンバーです。カナダブランチで一番古参になりました。エンジニアの正社員が今6人で、インターンシップが2人ぐらい。出来たてホヤホヤですね。 Ryo: 同じチームに、FrogのKansukeさんも入られた。リファラルを出せるくらい影響力がある人なんだ、と。初期メンバーの推薦で優遇、みたいなのはあったんですか。 Yugo: 同じチームにいます。Kansukeさんは選考を全部ゼロから受けて受かっています。自分自身も、一番古かったのもあって結構気に入ってもらえて、「誰かいい人いない?」と結構聞かれていたので。リファラルしていた時は一気に3人ぐらい増えました。今は募集はストップしています。 100社出して、最終まで残ったのは1社 Ryo: 就活は、バンクーバーでもレジュメを送って通った、みたいなのはありましたか。 Yugo: あります。全部で100社出して、バンクーバーは本当に1社ぐらいしか通らなかった。トロントとか他の州を含めると3件ぐらいで、全部で4件ぐらいです。最終まで行ったところは、今の会社しかないですね。時期は去年の2、3月ぐらいです。100件は、トロントとカナダ全域を含めての話です。 Senna: 100件して4件あったら、打率はいい方じゃないですか。 「落ちた」と思った90分と、3時間のライブコーディング Ryo: 今の会社の面接は、どんな流れでしたか。 Yugo: 全部で2ラウンドです。1ラウンド目がCTOとCEOで約90分。モバイルのシステムデザインと、個人開発したプロジェクトの概要とソースコードを見せて、一緒にウォークスルーしていく形式でした。メールでインタビューのアジェンダをもらっていたので、事前に対策はしていました。HRの前段はなくて、いきなり自己紹介してテック、という感じです。ちっちゃいからなのか、できるだけ早くしてほしかったのかな、と思います。求人は一応シニアでした。システムデザイン自体も、お題を与えられて、バックエンドのインフラ周りは全く無視して、モバイルだけに特化したデザインでした。APIのレスポンスからデザインしていく、という感じです。ビヘイビアはその中にあって、他社では経験していました。 Senna: メガベンチャーに2年いて、その前もスタートアップで2年いたiOSエンジニアが、英語でのシステムデザインを受けた感触は。いけたな、と。 Yugo: いや、全然もう落ちたなと思ってました。全然できなかった。必死だったので、とにかく黙っちゃダメだと思って、ずっと喋っていました。技術的なところで言えない、というより、それを英語で説明するのが一番難しくて。 Ryo: 国際学科にいて英語に慣れていたYugoさんでも、そこは大変、と。技術については理解しているな、というのは相手に汲み取れたから受かった、ということでしょうね。日本人あるあるだと思うんですよ。完璧主義だからちゃんと答えられないといけない、コミュニケーションが成立しないといけない。でも日本人って、会話のキャッチボールや、聞かれていることにちゃんと答える、のスタンダードがめちゃくちゃ高い。技術を理解しているな、というのが汲み取れれば、自己採点とは裏腹に受かっているケースは多い。 Yugo: 技術的に分かっていて、英語でのコミュニケーションがうまくいかなかった、ということですよね。今の会社でも面接官は出たことはあります。他のエンジニアと一緒に、置物ですけど。問題を出して、一緒に答えに近づいていく過程を見ている人は多いな、と思います。分からなくてもいい、と。 Ryo: 僕も2時間の面接をやるんですけど、英語が上手な人も下手な人も来る。理解しようとするから、英語のことまでそこまで考えていない。自分がこの質問をした時に、こういうのが返ってきてほしいな、それに引っかかっているか、を見ている。日常会話がなんとかやっていけそうだな、と思ってもらえて技術面接まで来れば、テストしているわけではない。最初の回答用紙がどうだったかは、僕は全然気にしない。ディスカッションの中で理解できて、答えに導き出せるならいい。Yugoさんのシステムデザインがボロボロで受かって、しかも初期メンバー。日本の方々には自信を届けるんじゃないかな、と思います。 Senna: 最終のフェーズ2は。 Yugo: 3時間使って、プロジェクトのソースコードを渡されて、画面共有しながら、使っているアーキテクチャ、今どこにバグがあるか、機能追加の演習を、ライブコーディング形式でやっていく、という内容でした。稼働しているプロジェクトではなくて、仮想プロジェクトの中にバグが用意されている感じです。GitHubのリポジトリ検索アプリみたいな題材で、文字を打つたびにAPIが走るのをデバウンスで減らしたり、お気に入り機能を追加してデータをどこに永続化するか、みたいなのを、口頭の指示を受けながらコードを書いて説明していきました。LeetCodeとかはなかったです。CSの知識か、というより、iOSでアプリ、お前作れるのか、を聞かれている面接だなと思います。 Ryo: バンクーバーのAxiom Zenは、昔は本当のプロジェクトに参加させられて、本当のチームメンバーと組まされる、というガチなやり方をしていた。聞く感じだと、即戦力を求める感じは多いですね。最近、システムデザインで地頭を見て、自分たちのプロジェクトを想定した問題を出す、というのが増えた気がする。アルゴリズムやCSの知識がいまだに大事なのか、実務によった問題の方が出されるのか。 Yugo: 僕の会社だと、今作っているプロダクトに似たようなお題のシステムデザインを結構やらせていました。過程のやり取り、コミュニケーションも含めて取れるかな、というのがシステムデザインでは見られる。LeetCodeとかはうちではやってないです。 Senna: 会社のサイズにもよりますよね。その会社の言語やフレームワークにアダプトできるか、というCSベースの測り方と、今このiOSのこのページを作れる人が来てほしい、というフェーズの測り方。AIが出てきて、面接でAIを使っていいか、どうかでも変わる。Yugoさんの時は。 Yugo: 使っていいよ、とは言われてたんですけど、自分は使いませんでした。今の会社でも、使っていいよとは言いつつ、使っている人はあんまり見ないです。やってる内容自体がシステムデザインなので。プログラミングの面接なら使いやすい気もするけど、システムデザインでプロンプトに打たなくちゃいけないことが、たぶん面接官に聞くべき内容になってしまう。変なことを聞いたら、これ知らないの、というのがそこから見える。AIを使えることがアドバンテージにあんまなってなさそう、だから使わないのかな、というのはあります。 SlackのDMと、残業の少なさ Ryo: 海外で働きたいのは、英語で働くことへの憧れですか。給料みたいなところもあると思うし。その中で、なぜカナダ、海外に出ようと思ったんですか。 Yugo: 単純に、英語を使って働きたかったのと、一生に一度の人生なので海外でちょっと暮らしてみたいな、というのが一番大きかったです。当初の目的は達成したと思います。 Senna: 来てみて、思ってたのと違うな、というギャップは。ポジティブでもネガティブでも。 Yugo: 今でも感じるのが、SlackのDM文化がすごいな、というところです。日本の会社だと、業務にまつわることはパブリックなチャンネルで記録を残して、何をやっているか見せるのが常識だったので。こっちに来て、CTOやCEOから急にDMで依頼が飛んでくるのが、結構意外でした。急にインターンの子がプルリクをオープンしたから見て、みたいな。「この仕事どこで進んでたの」「社長から飛んできて」みたいなことが起きたりします。 Ryo: 日本からエンジニアがたくさん来るので、FrogはなぜDM禁止にしないんですか、と今まで10人くらいに言われたことがあります。日本のDM禁止は、どれが共有すべき情報か分からないから全部パブリックにしておきましょう、という意味は分からなくはない。ただ、知る必要のないこともあるし、会社入りたての頃はパブリックでいろいろやりたくない。ちょっとこそっと聞きたい、この聞いてることって僕だけが知らないことだったっけ、調べたらあった、全部パブリックで聞くのはプレッシャー、という人もいる。北米圏でDM禁止にしているところは。 Yugo: ないです。パブリックにしてほしいな、と思うこともあるし、アンバランスですね。情報回ってきてないな、と感じることはあります。 Senna: 働き方は。立ち上げたばっかりのアメリカの会社でも、イージーなんですか。 Yugo: 楽ですね。最近ちょっと忙しくなってきた感覚はありますけど、それでもほぼ残業したことはないです。5時に帰る人がほとんどで、5時になってなくても帰る人も多い。コアタイムは9時5時で、そこが終わったら帰る、みたいな感じです。 プロダクト側へ。カナダに居続ける前提ではない Senna: 英語で働きたい、海外で暮らしてみたい、は達成した、と。これからやりたいことは。転職だったり、ドメインを移りたいだったり、給料を上げていきたいだったり。 Yugo: 会社がまだ小さいので、新機能の提案を、画面を作って上に出す、ということを今やらせてもらっています。プロダクトのディレクションとかグロースの方面に力を入れていきたい。日本ではやっていなくて、趣味が個人開発なので、そっちに舵を切りたいなと。実装者よりもずっと難しいです。PMやビジネスの人、会社によってはデータアナリストとも話していかないといけないので、英語の難易度が一気に上がる。今まではJavaScriptプラス英会話ができれば、エンジニアの英語はいけるかな、みたいな感じだったのが、そこからいきなり難しくなる。カナダでできたらすごいですけど、日本に帰ってそういうことをやるのも、全然前向きには考えています。 Ryo: 海外で何かやりたい、は一旦達成して、次を考えている。長期的には。他の国は。 Yugo: 長期的には、今まさに考えてはいます。全然決まっていないんですけど。カナダにずっといるかと言われると、いないような気もするし、いつでも日本に帰ってもいいなとは思っています。他の国は、正直あんまり考えていないです。 Senna: 北米に来る理由として給料、という面もある。日本に帰国すると給料は落としながら、になりがちだと思うんですけど。プロダクト全体を見ていきたい、があれば、給料は落としてもいいかな、と。 Yugo: 下がることに対しては、あんまり抵抗はないです。小さい規模は関係なく、ディレクション業でできたらいいな、とは思っています。 Ryo: 日本のアプリは日本で収まりがちじゃないですか。個人開発にするにしても、最初から日本語と英語対応にして、マーケティングも英語でできると幅は広がりそうですよね。カナダ人のカルチャーはアドバンテージになる、と。 Yugo: そうですね。こっちのカナダ人のカルチャーだったりは、アドバンテージになるかなとは思っています。 とにかく早くアプライする Ryo: これから留学や渡航を考える人、カナダや海外に興味があるエンジニアへ、アドバイスは。今はワーホリが2年使える、学校で来る、という自分の時とは違う、というのもあると思うんですけど。 Yugo: 海外就職は、とにかく早くアプライを始めた人が、結局最終的に就職できるなと思っていて。カナダの景気に一番左右されるので、一番長く有効なビザを持っているのも重要です。50点のレジュメ、50点の面接対策でも、景気さえ良ければなんとかなってしまう要素が、自分は大きいかなと。書類が通ったら、その後の対策にもっと火がついて死ぬ気で準備するようになるので、本当に早く始めることが一番大事だと思います。 来る前で言ったら、英語がやっぱり一番大事。あと、Ryoさんのレジュメセミナーに去年の1月ぐらいに出て、会社のOKRや半期の目標から引用してレジュメを作る、という話をしていたと思うんですけど。今日本で働いている人は、そういうOKRや半期の目標をどこかで持っておいたら、レジュメ作成にめちゃくちゃ便利だと思います。日本だと事実ベースであったことだけを並べる感じだけど、こっちだと会社の目標があってチームの目標があって、その目標に対して自分は何をやって、何を達成したよ、という説明を入れるので。こっちでの就職の流れは、一回理解してから来るのはありかもしれないです。 Senna: 早くからアプライできるビザを長く取る、と。ただ8年見ていて、2年ずっとアプライし続けている人は一人も見たことがない。モチベーションの管理がめちゃくちゃ大変で、長く持っていても続かなかったらどうしようもない。どういうふうにしましたか。こういうふうにすればよかった、とか。 Yugo: 学校に通って、授業の合間にもアプライしていたので、あんまり苦しみは感じなかったです。長くいればいるほど中だるみする人も結構いるな、というのはおっしゃる通りで。自分たちの時は学校があってコミュニティがあって、友達とダベりながら送れたりできた。今のカナダは学生ビザが出にくくなって、その代わりワーホリ2年、コミュニティなしに来る人もいる。Frogみたいなコミュニティがあったとしても、トロントだと月に1回イベントがあればいい方。個人戦になって、家の机の上で30件、10件送るのは大変だと思うんですけど、自分のお尻を叩いても、コミュニティに入るしかないなと思います。 国際系の学部で英語のベースを作り、SIerのExcelから独学でiOSへ。家計簿アプリの会社とメガベンチャーで約4年積んだ経験を、ワーホリとコープの期限に間に合わせる形でカナダに持ち込みました。バンクーバーではiOSの席がほぼなく、カナダ全域100社のうち最終まで残ったのは1社。その1社がサンフランシスコ発FinTechのカナダ支社で、Yugoさんは現地の正社員1人目になりました。 面接では「落ちた」と思いながら黙らず話し続け、3時間のライブコーディングで「アプリを作れるか」を見られた。LeetCodeではなく実務。英語で説明する脳みそは、国際学部出身でも別物だった、と本人は言います。目的だった「英語で働く」「海外で暮らす」は達成済みで、次はプロダクトのディレクション側へ。カナダに残り続ける前提ではない、という率直さも、このインタビューの温度です。Yugoさん、ありがとうございました。 このインタビューはPodcast「海外キャリアログ」でも配信しています。毎週月曜更新、Spotify・Apple Podcast・YouTubeなどでお聴きいただけます。ぜひ合わせてお楽しみください。

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助産師からSREへ — 未経験でBCITを経て、カナダの大手ファイナンス企業「Vancity」に就職したMisuzuさん
インタビュー

助産師からSREへ — 未経験でBCITを経て、カナダの大手ファイナンス企業「Vancity」に就職したMisuzuさん

今回お話を伺ったのは、バンクーバーにある大手ファイナンス企業のVancityでジュニアSREとして働き始めたMisuzuさんです。日本では看護学を専攻し、助産師として3年間働いたあと、ワーキングホリデーでカナダへ渡りました。現地でパートナーと出会い永住権を取得し、未経験からBCITのCST(Computer Systems Technology)へ進学。2025年12月の卒業後、約半年の就活を経て、もともとシニア向けに開いていたSREのポジションへジュニアとして入社しています。 助産師からエンジニアへという大きな転身、BCITのコープで半数しか仕事が見つからない現実、月100件・合計700件を超える応募、そして「嘘はつかないけど、真実を100%伝える必要はない」というレジュメと面接の哲学。ジュニアSREという、あまり前例のない入り方まで。Podcast「海外キャリアログ」でのインタビューをお届けします。 助産師3年、ワーホリ、そしてコンピュータサイエンス Ryo: まず簡単な経歴を教えていただいてもいいですか。大学ぐらいから。 Misuzu: 大学は日本の普通の大学に行ってたんですけど、その時は看護師というか助産師になりたかったので看護学専攻で4年間勉強して、助産師学校に行って、そのまま助産師として就職して3年間働きました。その後、辞めたいかもと思って辞める理由を探してて、「ワーキングホリデーで辞めます」って言ったらちょっと聞こえがいいんじゃないか、と気づいてしまい。ワーホリ目的でバンクーバーに渡航して、そのまま夫と出会って永住権が取れたので、何か新しいことしようかなって考えた時にコンピュータサイエンスがいいんじゃないかと。BCITのCSTに2年間通って、卒業後半年ぐらいでVancityにSREとして就職した、という感じです。 Senna: 助産師からコンピュータサイエンスって、前職と全然関係ないコースを選ぶ勇気がいると思うんですけど、どういうきっかけだったんですか。CSに行ったら勝ち組、みたいなのがあったのか。 Misuzu: 一番大きいきっかけは、夫がソフトウェアエンジニアをやっているところです。助産師自体は嫌いじゃなかったんですけど、夜勤が難しくて辞めた、というのがあって。こっちではライセンスはそのまま使えないので、実習をやり直したり、英語もかなり高いレベルを求められたりして、新しいことを学ぶ手間はあまり変わらない感じだったんですよね。ワーホリの時は移民会社で働いていたんですけど、給料も頭打ちで。夫は台湾人で、私も日本人なので、いつかアジアに帰るかもしれない。せっかく新しいことを学ぶなら、移住しても使えるスキルにしたい、と。それならコンピュータサイエンスは世界中どこでも使える知識だし、もともと数学が苦手じゃなかったというか理系だったので、一回受けてみるか、と準備して受かった感じです。 Ryo: 隣で見てて面白そうだな、みたいなのはあったんですか。 Misuzu: 全然興味持ってなかったです。「黒い画面見てるね」みたいな、毎日。VS Codeだったんですけど、今だったらわかります。 Senna: パートナーから止められなかったんですか。 Misuzu: パートナーは仕事も学ぶことも好きで、楽しめる感じなんですよね。「向いてるんじゃない」って言ってくれたので、Hello Worldから、stringとは、みたいなところを一緒に勉強して、「いけそうかも」って応募しました。 カナダを選んだ理由と、BCIT CST Ryo: ワーホリで来るって決めた時、カナダ以外の選択肢はあったんですか。 Misuzu: 英語圏でワーホリに行ける国が、自分の中ではカナダかオーストラリアぐらいしかなかったんですよね。来る前に実力を知るためにTOEICを受けたんですけど、オーストラリア英語は聞き取れないかも、となって。カナダ英語は綺麗だと言われているし、西海岸なら日本も近いし、アジア人も多いし、じゃあバンクーバーにしよう、みたいな感じでした。イギリスは当時、抽選が厳しいという話で、いけないかもと思ったらリスクがあるな、と。 Ryo: 来た当時は、長くいようとは考えてなかったんですか。 Misuzu: はい。夜勤がない職に就きたくて、帰って転職できるようにリクルートに登録したり、職務経歴書の書き方も一から学びつつ準備して、本当に1年で帰る予定でした。残った一番の理由は、パートナーができたことです。 Senna: その時点で永住権は持っていましたか。BCITはPRの有無で学費がかなり違いますよね。 Misuzu: PR申請中にBCITへ応募して、取れるだろう、みたいな感じでした。学費は3倍違います。 Ryo: CSTって、具体的にはどういうコースなんですか。ハンズオンのプロジェクトをやっていく感じなのか、大学みたいに概念を学ぶ感じなのか。 Misuzu: 聞いている感じだと、UBCとかは概念的なものを学ぶそうですけど、BCITは本当に実践をとにかくやらせる、という感じで。タームが4つあるんですけど、1ターム目、まだコードが全然わからない時からプロジェクトというコースがあって、FigmaやFigJamを使って、1ターム全部かけて1個完成させる。かなりプロジェクト、プロジェクト、というコースでした。 Ryo: 「強制収容所」と言われるぐらい忙しいイメージもありますけど、Misuzuさん自身はどうでしたか。経験者も多いイメージですか。 Misuzu: 1ターム目は本当に忙しくて、月から金まで朝から5時半まで、土日もプロジェクトでゴリゴリ、という感じでした。だんだん緩くなっていった体感です。経験者はそうでもなくて、趣味でちょっとやってたぐらい。日本人は少なかったですね。大体アラサーぐらいの大卒で、バイオロジーとかやってきて仕事がちょっと、というのでCSをやりたいと戻ってきた人が多くて、みんな結構バチェラー保持者が多かったです。 英語と、いちばん辛かったビジネスコミュニケーション Ryo: カナダに来る前のTOEICはどのくらいでしたか。 Misuzu: 2019年に受けて、790だった記憶があります。BCITの1年ぐらい前にIELTS Academicを受けて、オーバーオール6.5だったんですけど、6.5だとちょっと厳しいかも、と。7以上ないと厳しいと聞いていたので、BCITの英語コースをオンラインで受けて点数を上げました。ICEPじゃなくて、12週間ぐらいのライティングとリーディングのコースです。 Ryo: TOEIC790からIELTS 6.5はジャンプだと思うんですけど、具体的にはどういう勉強を。 Misuzu: ライティングとスピーキングが苦手だったので、ネイティブの先生と一対一で週1回対策してもらっていたのと、IELTSの練習プラットフォームで勉強したぐらいです。リスニングが一番高く出ていました。 Ryo: 実際に入ってからは、英語で苦しみはありましたか。 Misuzu: ありました。1ヶ月結構辛くて、何が辛かったかというと、コーディングの授業じゃなくてビジネスコミュニケーションがいちばん辛かったんですよ。英語の国語みたいな感じで、ネイティブと一番差が出るところではあったんですよね。置いてけぼりみたいな感じがあって、そこがちょっとしんどかったです。エッセイを書かされた記憶もあります。3年前なので忘れかけていますけど。 Misuzu: そこがCSに行ったきっかけの一つでもあって。転職しようと思っても、ネイティブスピーカーと同じようには喋れないと厳しいな、と気がついて。知識があればその分で勝てるかな、と思って、知識を学べるCSに行った、というのもあるんです。 コープはオプション、半数しか見つからない Senna: BCITのCSTは、一昔前ドロップアウト率50%と言われていましたけど、Misuzuさんの時はどうでしたか。 Misuzu: いましたね。クラス25人いて、同期では4人ドロップアウトして。その4人は最初の1ターム目でドロップアウトしたので、その後はみんな一緒、という感じでした。入学は2023年の9月です。 Senna: リセッションど真ん中ですよね。不安は。 Misuzu: 結構不安でした。コープのプログラムに入っていたんですけど、コープのインタビューがなかなかうまくいかなくて。私だけじゃなくて、同じコホートの子も結構みんな苦戦していて、コープでこれなら正規就職大丈夫かな、という不安はありました。ちょうどAIも2022年ぐらいに出てきていたので、余計に大きかったです。 Senna: BCITのコープ期間はどのくらいですか。 Misuzu: 8ヶ月です。全員できるわけじゃなくて、プログラム全員200人のうち50人とかだったかな、と。結果的には、コネクションで友達にいい感じにしてもらってインターンの職を作ってもらって、4ヶ月働きました。本当は8ヶ月働けるんですけど、会社の加減で4ヶ月だけ働いて、あと4ヶ月は休学みたいな感じでした。 Ryo: 未経験だとレジュメの経験欄が書けないので、ポートフォリオを自分で作る必要があるイメージもあるんですけど、学校のプロジェクトだけで足りましたか。 Misuzu: インターンシップの時はターム2の間に就活しないといけなかったんですけど、ターム1が終わった時点で2個か3個ぐらいアカデミックプロジェクトがあって、PythonだったりJavaScriptだったり、言語もバラバラでいくつか書けるプロジェクトがあったので、わざわざ自分の時間でパーソナルプロジェクトをやらなければ、ということはなかったです。 Ryo: コープは有償なんですか。学校が先を用意する感じですか。 Misuzu: 有償で、時給でもらえる形でした。BCITにもeJobsという、学生向けにジョブを公開しているプラットフォームはあったんですけど、基本的には自分で探してくれ、という感じで。eJobsからでもLinkedInからでもいいけど、とにかく自分で職を探せ、と。50人コープの資格が持てたんですけど、結局半分ちょっとぐらいしか仕事を見つけられなかった気がします。ガバメント系が結構いて、BC Hydroとか、Government of Canadaもいたし、ICBCもいました。小さい会社も結構いて、コープで回っているようなところもありました。 Ryo: どのぐらい応募して、どのぐらい返事が来ましたか。 Misuzu: 3ヶ月半ぐらいやって、100ぐらいは出していると思います。インターンまたはコープ、と書いてあるものに応募していました。ジュニアや中級には出してないです。5月始まりに応募していたので、UBCの学生も5月からやりたい人が多いじゃないですか。募集はないことはなかったです。あれば何でも出す、みたいな感じで出しまくってました。 Misuzu: コープの面接は1ラウンドか2ラウンドぐらいで、ビヘイビアルちょっと、テクニカルちょっと、みたいなのをやって、テクニカルがあんまりマッチしなくて落ちて。もしかしたらこのままコープできないかも、と思っていたところに友人から声がかかって、「ポジションを探してるけど来る?」みたいな感じで入りました。BCITの友人ではなく、全然違うところの友達でした。友達がボスだったので、形式上だけ面接して、という感じです。 Senna: コープを満了できなかったらペナルティは。 Misuzu: BCITはコープがオプションみたいな感じだったので、半分以上の学生はなしです。上位50人ぐらいしかコープできません、という感じだったので。ペナルティはなかったんですけど、コープしない学生はプロジェクトをやる。コープの学生はプロジェクトの代わりに働く、どっちか、という感じです。 Ryo: その経験は、その後の就活に役立ちましたか。 Misuzu: Pythonが使える、ということで就職したんですけど、結局業務では全然コーディングできなかったんですよね。事務手伝いプラス、ほんのちょっとだけPythonを使いました、みたいな感じだったので、コープの経験が就活に役立ったかというと、ちょっとハテナ、という感じです。レジュメには、そのちょっとのコーディング経験をもう全部やったみたいな感じで書きました。嘘はついてないです。 クラウドを選び、AWS資格を取り、700件出した Ryo: コープが終わって、そこからまた2タームあって就活、ですか。 Misuzu: そうです。2ターム終わって、2025年12月に卒業しました。コープの時にレジュメを作るじゃないですか。コープのコーディネーターの先生が、レイアウトから中身まで全部、1対1で面談してチェックしてくれました。先生自体はCST出身ではないんですけど、CITとCSTを対象に就活の手伝いをしている先生で、全てが適切だったかと言われるとちょっと怪しいんですけど、結構ヘルプフルなアドバイスはもらえました。本番の就活では、プロジェクトに2ターム目を追加したぐらいと、助産師の経歴を消した、ぐらいです。 Senna: 一発目からVancityみたいな、こっちでよく知られている金融の会社にジュニアで入るって、レジュメに何を書けば行けるんだろう、とずっと思ってたんですけど。響いた経験はありますか。 Misuzu: BCIT CSTは2年目にオプションを選ぶんですよね。データベースやります、AI・機械学習やります、とかあったんですけど、私はクラウドコンピューティングを選んだんです。どんな職でもクラウドの知識は求められるじゃないですか。学校だけだと「何を学んだの」となると思うので、AWSの資格を夏休みとかに取って、それは良かったのかなと思います。基本的には夫が見てくれていて、あとは一回ヤンマーさんにもお願いして見てもらいました。レジュメに対する哲学が夫と結構似ていて、すごいお世話になりました。 Ryo: 選べるコースは他に何がありましたか。ウェブの方が潰しが効くイメージもあるんですけど。 Misuzu: CSTはダウンタウンキャンパスとバーナビーキャンパスがあって、私はダウンタウンの方に行きたかったので、あんまりバーナビーのオプションを見てなかったんですよね。一番たぶん倍率が高かったです、クラウドコンピューティング。ウェブはもともとコースにあって、オプションとしてはなかったかな、という感じです。AIはありました。バーナビーではたぶんトップで人気だと思うんですけど、経験がなくてバチェラーもなかったらAIに行くのはちょっと厳しいんじゃないか、と。ディプロマで機械学習、はハードル高いんじゃないか、というのもありました。 Senna: 就活はどんなステップで。ジュニアのSREって、正直ピンとこなくて。 Misuzu: オプションでクラウドを勉強していて、資格もAWSのSolutions Architect Associateを取ったので、クラウド系に行くのは自然かな、と。DevOpsも一応応募したんですけど、これはダメ元で。ジョブディスクリプションに5年とか10年の経験が必要、と書いてあるところが多かったので。クラウド関連のジョブと、あとは普通にソフトウェアデベロッパー、フルスタックデベロッパー、という感じで絞って応募していました。Vancityの応募に限っては、特に年数は書いてなかったんですよね。インタビューが始まってから「これ本当はシニア向けなんだよね」って言われました。 Ryo: レジュメは職種ごとに変えていましたか。 Misuzu: コンテンツは変えずに、名前の下のタイトルをソフトウェアデベロッパーにするかクラウドエンジニアにするか、本当にその1行だけ変えています。未経験だから、書けることがないんです。書けること全部書いた、みたいなレジュメです。 Ryo: どのぐらい応募しましたか。日本の仕事も見ましたか。 Misuzu: 就活を始めたのが1月の中旬ぐらいで、Vancityのオファーを受け取ったのが7月の中旬です。1ヶ月たぶん100件ぐらいは応募していたので、700件、800件ぐらい。最初はカナダだけ応募したんですけど、途中から「いつ終わるんだろう」となって。パートナーがいるとしても、自分も稼ぎたいし経験も早く積みたい、というのがあって、4月か5月ぐらいから日本の就活も見てみるか、と。でも日本も経験者欲しいですよね。新卒で、しかも30を超えていて、それを取るリスクはなかなか厳しい。実際に日本のインタビューを受けたのも7月でした。海外にいて正規雇用ができない、時差もある、難しいです、と言われたこともあります。 Ryo: 7ヶ月、モチベーションはどう持うんですか。 Misuzu: 3月に結構大企業のインタビューがあって、それが終わった後に1回バーンアウトみたいになっちゃって。6月末ぐらいにもちょっとメンタルが落ちて、本当に泣きながらどうしよう、みたいな感じでした。乗り越えたのは、時間が解決した、としか言えないですね。帰る、というのは家族もいるしなかったので。テックのジョブに固執するか、ワーホリの子たちがやるようなサーバーとかでその場しのぎするか、どうしよう、というのはありましたけど、結局「この夏は頑張ろう」に落ち着いて、時間が経てば元に戻っていました。 Misuzu: インターンシップ、コープの経験がある子たちは卒業後2、3ヶ月とかで決まっている人もちらほらいて、経験がない子とか、大半はまだ就活しています。 Senna: 卒業して8ヶ月、9ヶ月経つわけでしょ。そういうもん、というのは知っておいた方がいいと思いますね。 シニア向けSREに、ジュニアで入るまで Ryo: Vancityはどのプラットフォームで見つけましたか。 Misuzu: 見つけたのはたぶんLinkedInです。LinkedInかIndeedかGlassdoorを使ってどんどん応募していたので。応募自体はカンパニーのウェブサイトに飛んで、名前とかを記載するフォーム自体はあったのですが、ステータスについては聞かれなかったはずです。 Ryo: その後、どんなステップでしたか。 Misuzu: 応募して次の週とかに電話がかかってきて、「ハイアリングマネージャーが話したいって言ってるよ」と。1回目が、ハイアリングマネージャーより上のディレクターで、オンラインで15分ぐらい話して。最後にAny questions?って言われて、「次のステップってどんな感じ?」って聞いたら、「次のステップ、明後日にする?」みたいな感じで、軽めに決まって。次はインパーソンで、オフィスに行ってディレクターとハイアリングマネージャーと1時間半。その次にチームフィットみたいなのをやります、と言われて、一応3次までありました。本当はないかもしれない、取ってつけたようなあれだったんですけど。 Ryo: 1次はどういう質問を。 Misuzu: ステータスの質問もありましたし、クラウドの仕事なのでどういう知識があるか。VancityはAzureを使っているので、Azureの知識ありますか、あとHow can you help me?みたいな。なんでもあるぜ、とにかくやる気を見せた、という感じですね。6ヶ月やってきて、私の面接の回答は日本式だったというか、謙虚すぎたのかな、やる気が見えなかったのかな、と気づいて。Azureの経験はないですけど、AWSの資格もありますし、すぐにピックアップできます、みたいな感じでやる気を出したら、ディレクターが気に入ってくれて。「本当はシニアなんだけど、自分はシニアですかジュニアですか」って言われて、「もちろんジュニアですけど頑張ります」と。 Misuzu: 面接に呼ばれるとすら思ってなかったんですよね。あとで1対1で話す機会があったのでチラッと聞いたら、ポテンシャル、と言っていました。どこに感じたのかはわからないですけど、資格も見られていたと思います。 Senna: その受け答えの持っていき方が響いた感覚はありますか。 Misuzu: ヤンマーさんと夫の哲学が似てる、という話をしたと思うんですけど、そこが「嘘をつく必要はないけど、真実を100%そのまま伝える必要はないね」っていう。0を1にはしなくてもいいけど、3を7ぐらいに言ってもいいんじゃない。他のネイティブのカナディアンとか、自分を売るのが上手な人たちとコンピートしないといけないので、どうやって自分をいい商品に見せるか、を先月になってやっと気づいた、という。 Ryo: 2次はどんな面接でしたか。 Misuzu: 珍しいと思うんですけど、テクニカル一切なしで、人柄だけを知ろうとするような質問でした。印象的だったのは「怒ったことある?」みたいな。そんなたくさんはないけど、働いてる時に叱ったことはある、助産師時代にこういう経緯で後輩に指導しました、みたいな。あとはVancityが大切にしている三本柱があって、全部忘れちゃったんですけど、アカウンタビリティとコミュニケーションと、もう一個。あんたにとってどういう意味ですか、みたいな。コミュニケーションは、信頼を作る工程です、みたいなことを言ったと思います。テック的なインタビューはほぼなかったです。この後テクニカルがあるか聞いたら、「新卒だし、そんな経験もないのに聞いてもしょうがないからね」って言われて。 Ryo: 3次は。 Misuzu: 同じSREのチームメイト2人とオンラインで。コミュニケーションが取れるかを見てたと思うんですよね。趣味とかある、休みの日何してるの、みたいな。入ってから知ったんですけど、20年選手とかの人がいたんで、経歴のある人と話した、という感じです。正解がない質問だったので、すごい手応えがあったかと言われると難しいんですけど、雰囲気とかコミュニケーションスキルを見られているのもわかっていたので、あんまりポーズなしで、自分の言いたいこともスラスラ言えるようにしてたので、そういう意味ではうまくいったのかな、と。 Ryo: 面接の英語は大変でしたか。 Misuzu: ありましたね。自分の思いを面接で伝える、ができなくてCSTに入ったので、またこれ乗り越えないといけないのか、と。技術的なところも含めて話さないといけなかったので、練習は結構、夫ともしました。前日とかもモックインタビューみたいな感じで。Vancityではなかったですけど、テクニカルインタビューの想定で、喋りながらコードを説明する、何を考えているか説明する、みたいな練習は結構やりました。そしたら割と自分のことを聞かれる、想定外の質問がめっちゃ多かった、ということです。 Ryo: チームの他の人を見ていても、コミュニケーションに重きを置いている感じはしますか。もともとシニアのポジションは埋まったんですか。 Misuzu: マネージャーが、チームメイトで意見交換しながら一緒にタスクをこなしてほしい、コミュニケーションを取ってほしい、みたいなマネージャーで。なぜニューグラッドに採用されたかにつながると思うんですけど、結構シニアレベルの人ばっかりなんですよね。30年選手、20年選手みたいな人がボンボンいて、半分以上がそうなので、新たな視点でチームとかタスクを見てほしい、みたいなところもあって選ばれたのかな、と。そんな感じで言われました。 Misuzu: 最初、15分のディレクターとの面接でコントラクトに興味あるって言われて。一応シニアのポジションで応募していたので、当初の予定ではシニアをフルタイムで取って、コントラクトで私は様子見、バジェットの関係もあるから、そういう感じだったんだと思うんですけど、なくなりました。私だけになりました。 1ヶ月働いてみて、これから渡航する人へ Senna: ジュニアのSREで入って、プレッシャーは。 Misuzu: ディレクターは、早く成長して早くチームを助けてほしい、みたいな感じなんですけど、マネージャーはゆっくりでいいからしっかり一つずつ着実に学んでいってほしい、みたいな感じで、ちょっと教育方針が違うんですけど。チームメイトも、初めてのPRを出した時も見守ってくれて「おめでとう」みたいな感じだったんで。1行の変更だったりするんですけど。結構好意的に、優しく教えてくださっているので、そんなにプレッシャーはないですね。ディレクターからぐらいは。 Ryo: 1ヶ月働いてみて、気持ちよく働けていますか。日本と比べて働き方の違いは。 Misuzu: まだシステムのこととかAzureのことも知らない部分がたくさんあると思うので、成長できそうかなと思っていて、しっかり働いて早く追いつけるようになりたい、という感じです。分野が違うのでいろいろ違うところはあるかなとは思うんですけど、休みやすいのは休みやすいんじゃないかなと思います。チームに20年、30年Vancityにいる人も多いので、働きやすいんだと思います。給料もそんなに悪くないと思うし、安定してるし、金融関係なので、家を買いたいとかでもモーゲージが若干安くなったりとか、あるかなと思います。レイオフとかもそんなになさそう、というのはありますね。 Ryo: これから渡航を考える人に、アドバイスがあれば。 Misuzu: やっぱり自分を信じつつ、自信を持って取り組む。あとは大変なんですけど、たくさん応募することで勝率を上げる、というのは私は結構キーだと思っているので。その辺に気をつけて頑張ってもらいたいかなと思います。 助産師として働いていたキャリアを一度置き、ワーホリの延長でカナダに残ったMisuzuさん。夜勤が理由で辞めた医療の現場から、夫の黒い画面を「向いてるんじゃない」と言われてHello Worldを書き、BCITのCSTで実践を積みました。コープは半数しか見つからず、正規の就活は700件を超える応募と、泣きながらどうしようと思った夜も含めて半年。その先で待っていたのは、シニア向けに開いていたSREの席を、ジュニアとして「ポテンシャル」で掴む、という入り方でした。 技術面接はほぼなく、人柄とコミュニケーションを見られた選考。Azureは未経験でも、AWSの資格と「すぐにピックアップできます」という出し方がディレクターに刺さった、と本人は振り返ります。嘘はつかない。でも3を7ぐらいに言って、自分を商品として見せる。ジュニアでこれから動く人にとって、時間はとにかくかかる、という前提とセットで、とても具体的なヒントになるインタビューでした。Misuzuさん、ありがとうございました。 このインタビューはPodcast「海外キャリアログ」でも配信しています。毎週月曜更新、Spotify・Apple Podcast・YouTubeなどでお聴きいただけます。ぜひ合わせてお楽しみください。

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「グラフィックデザイナーは無理だと思う…」から始まった — 紙のアートディレクターがカナダ・アメリカで現地就職するまで
インタビュー

「グラフィックデザイナーは無理だと思う…」から始まった — 紙のアートディレクターがカナダ・アメリカで現地就職するまで

今回お話を伺ったのは、グラフィックデザイナー兼アートディレクターのAoiさんです。日本では多摩美術大学グラフィックデザイン学科を出たあと、東京の広告制作会社で9年間、駅貼りのポスターやタレントを起用したビジュアルなど「紙」の広告を手がけてこられました。 エンジニアやファイナンスと違い、グラフィックデザイナーが海外で現地就職する前例はほとんどありません。Aoiさん自身、渡航前にFrogのSennaに相談したところ「グラフィックデザイナーは多分無理だと思うよ」と言われたそうです。それでもカナダのカレッジに通い、バンクーバーのデザイン会社、そしてロサンゼルスの広告会社へと、2年半のカナダと1年強のアメリカで3社にフルタイムで採用されました。カルチャーやセンスが問われる「ハイコンテクスト」なデザイナーの就活を、どう突破していったのか。10代のインターナショナルスクールから続く英語への向き合い方も含めて伺いました。 インターナショナルスクールで英語のベースを作る Ryo: 北米を目指したきっかけって、どのあたりにあったんですか。 Aoi: そもそも私自身、祖父が外国人なんですね。小さい頃からそれは家族の中でよく話が出ていて、自分にも外国の血が混じっているんだっていうのをうっすら感じてはいたんです。で、日本の高校に入ったんですけど、これしなさい、あれしちゃダメ、っていう校則がその時の私には全然合わなくて。もう登校拒否みたいになっちゃって、家で毎日映画を見てるような感じになったんです。その時に、私英語が好きだから英語を勉強したいなと思って。親戚とも喋れないし、それなら英語できちんとコミュニケーションを取れるようになりたいと思ってインターナショナルスクールに行きました。 Ryo: インターナショナルスクールって、日本の高卒資格は取れるんですか。 Aoi: 基本的にインターナショナルスクールって日本の高卒資格は取れないところが多いと思います。だから進学先は海外の大学か、そういう学校を受け入れてくれる大学が候補になるんですね。私は多摩美術大学のグラフィックデザイン学科に進学したんですけど、高卒資格が取れる別のインターに一瞬だけ通って、そこで卒業資格を取ってから多摩美に入るっていうことをしました。履歴書、欄が足りなくなっちゃうくらい、いろんなことをしてるんです。 Ryo: 中学までは普通に日本の教育を受けてたとなると、いきなり全部英語の環境は大変だったんじゃないですか。 Aoi: めちゃくちゃありました。英語、ハローぐらいしか言えないような状態でインターに入ったので。私のところは入試テストもなくてアプライしたら入れる学校だったんですけど、ネイティブの子も帰国子女もいて、同じカリキュラムをやるんです。隣のニュージーランドの女の子が家で30分で終わるようなエッセイを、私は夜中の3時まで書くみたいな。読むスピードも遅いし、単語も日本で育った高校1年生レベルだったので。算数も理科の実験も全部英語でやるんで、もう毎日かじりついてやってました。 Ryo: 学校の他の日本人の子と比べても、最初の3年間の蓄積は効いてたなと思いますか。 Aoi: ちょっと効いてたかもしれないです。言われてることが分からないとか、目の前で喋られてあわあわしちゃうみたいなことはなくて。あとはもうインター卒業してからもずっと勉強してたので。単語をメモったり、洋書を読むようにしたり。すごく眠くても、遊ぶ予定があっても、絶対5分でも英語に触れる時間を取ってました。英語を自分から放さないようにしてたっていうのはあるかもしれないです。もう20年以上、ずっとやってます。 絵が好きだった — 多摩美術大学から広告の世界へ Hiroshi: 美術やアート関連の分野は、若い頃から興味があったんですか。 Aoi: 勉強はできるタイプじゃなかったんですけど、絵は好きでよく描いていて。うさぎの絵を友達に「欲しい」って言われて描いてあげる、みたいなことを保育園の時にやってたのを覚えてます。翻訳とか英語の道に行くか、デザインの道に行くかで悩んだ時期もあったんですけど、最終的に絵を描けるスキルを生かしてみようと思ってデザインの道にしました。 Ryo: 美大って、予備校みたいなところに通って対策していくイメージがあるんですけど、そういう練習抜きで行けるものなんですか。 Aoi: 本当に的確で、美大ってほぼ浪人生が多いんです。美大に入るための実技の予備校が全国にあって、1年2年浪人して入る子が多い。独学で入ったっていう子は聞いたことないですね。大学によって実技試験の傾向も全然違うので、その対策に私も1年通いました。 Ryo: 多摩美を卒業したあとは、グラフィックデザイナーとして日本の会社に入ったんですか。 Aoi: そうですね。東京の広告制作会社に入って、そこは長くて9年くらいいました。グラフィックデザイナーとして入って、徐々にアートディレクターになっていくっていう基本的な流れですね。そこでは英語は全然使ってなかったです。日本の企業の仕事がメインでした。 Hiroshi: デザイナーってマネタイズが難しいという話もありますよね。そこの葛藤みたいなのはありましたか。 Aoi: 高校生の時にデザイナーって仕事にできるんだろうかと思った時期もあったんです。でも実際デザイナーって世界中にたくさんいますし、要は好きなものを突き詰めればそれが仕事になるっていうのは全てにおいて言えることなので。物を作る、ローンチするってすごくデッドラインがあるし、作らなきゃいけないボリュームもかなりあって。寝不足が続く日もありましたが、それでも続けられるのはやっぱり好きならではなのかなと思いますね。 コロナ禍で動き出した「海外で働く」という選択 Aoi: 私が日本を出てカナダに行ったのが2022年なんですけど、ちょうど2019、2020年くらいにコロナが来て。あの時期ってみんな自分のキャリアをどうしようって考える時間があったと思うんです。私も元々海外で働きたいっていうのはあって。ただ周りにグラフィックデザイナーで海外で働いてる子がいなかったんですね。最初にFrogのSennaにメールで相談した時、「グラフィックデザイナーは多分無理だと思うよ」って言われたんです(笑)。前例が少ないし、技術以外にカルチャーも知らなきゃいけないし、表現のバックボーンっていうところが難しいんじゃないかって。 Ryo: それでも行こうと。 Aoi: そうなんです。前例がなかったので渡った方のブログとかをいろいろ見ていて。トンコハウスっていうアニメーションスタジオをやられている、元ピクサーの堤さんの記事を見たんです。アメリカで長い間活躍されている方なんですけど、「いろいろ企画を練って手順を考えても、とりあえず来ちゃいなよ、来たらどうにかなるよ」って言っていて。じゃあとりあえず行こうと思って。働きながら準備して、会社を退職した3ヶ月後にカナダに行きました。 Hiroshi: 3ヶ月はかなりスピーディーですね。学校選びや資金計画があってというイメージでしたけど。 Aoi: プランニングと準備はかなりしていて。留学エージェントに金額感を聞きに行ったり、ポスグラなのかコープなのか、選択肢をいろいろ見ながら、昔から情報収集はしていたんです。準備が整った、レディだなと思って会社を退職して、東京の家を引き払った、っていう感じなので、準備期間はみんなと同じくらい取ってたと思います。 Ryo: 国選び、都市選びはどう考えたんですか。トロントの方が会社は多いのかなとも思いますけど。 Aoi: 私は結構ピックしてカナダに行った人間で、レアだと思うんです。そもそも通っていたインターナショナルスクールがカナダ系の学校だったんですね。先生もカナディアンの先生ばかりで、カナダの歴史も学んでいたので、もともとカナダがすごく好きだったんです。その愛着もあったので、次に英語圏で挑戦するならカナダ一択かなと思ってました。 「時間がない」— デジタルマーケティングという選択 Ryo: バンクーバーのコーナーストーンでは、デザインじゃなくてデジタルマーケティングのクラスに行かれたんですよね。デザイナーのコースがなかったからですか。 Aoi: デザイナーのコースはあえて選びませんでした。9年働いていろんな会社の広告を担当させてもらったので、カナダに行って「イラレはこうやって作るんですよ」「Photoshopでこれを描いてみましょう」が半年続くと考えると、英語ではあるんですけど、ちょっと時間のロスだなと思ったんです。北米で働くことを現実的に考えた時に、ビザって有限なものなので、日本みたいに「3ヶ月後にやろう」ができない。だから勉強はもういいや、現地で働くことをまずゴールにしようと。 Aoi: ちょうど退職する時に、大手のクライアントさんにピッチで伺ったら「うちはもう駅構内の広告とか紙の広告はやらない、全部デジタルに移行します」って言われたんです。デジタルの波って抗えないじゃないですか。出稿する先がデジタルやそういうメディアになってきた時に、私はまだそこが弱いなと思ったんです。デザインプラスアルファということで選びました。 グラフィックとWebは、似て非なるもの Ryo: グラフィックデザイナーとWebデザイナーの違いって、正直あまり分かってなくて。Aoiさんの肩書きはどちらになるんですか。 Aoi: 私はそもそも出発が全然Webの人間じゃないんです。いわゆるグラフィックデザイナーって、駅に貼ってあるポスターとか、タレントやモデルを起用したビジュアルを作るところで、本当に紙から出発してるんですね。デザインして印刷するっていうところから。今はグラフィックデザイナーでも動画を作る人もいるし、UIの人が紙を作ることもあるし、かなり横断してきてはいるんですけど。私も元々は紙で、Figmaを使ってフロントのデザインもしますけど、肩書き的にはグラフィックデザイナー、アートディレクターで、Webもやりますよっていう感じです。 Ryo: グラフィックデザインからWebデザインやプロダクトデザインには、簡単にコンバートできるものなんですか。 Aoi: 簡単ではないと思っていて。グラフィックの人が作るウェブサイトと、Webのプロの方が作るウェブサイトって全然違うんですよね。私たちは自分で作ったトップページの画像のトーンを、いかに下の階層のデザインにつなげていくかっていうアプローチで。動線だったり「ボタンここにあったらおかしいよね」っていうのは、Web界隈の人から見たら100点じゃないところがあると思うんです。FrogのUIの子と喋っても、考え方はちょっと違うなって感じます。 Ryo: プロダクトデザインはもっと理論からくるものが多いイメージなんですけど、Aoiさんはグラフィック寄りの考え方でキャリアを進んでいる感じですか。 Aoi: そうですね。Webが本業ではないっていう自覚もあるし、仕事的にはかなりグラフィックだったりアートディレクション、ビジュアルそのものを作る方ですね。デザイン会社って、例えばカナダの時はカナダ人の夫婦がやっている会社だったんですけど、InDesignでブックレットを作ったり、Illustratorでポスターを作ったり。北米ってサブスク文化があるので、メールをFigmaでデザインして、隣のプログラマーの子がKlaviyoで設定して配信する、みたいなこともやってました。 バンクーバーの就職活動 — 100通送って、返ってくるのは1、2通 Ryo: バンクーバーってグラフィックデザインの会社自体が少ないイメージなんですけど、どうやって応募していったんですか。 Aoi: 超少ないです。そもそもCo-opを取ってくれるデザイン会社もないし、大きい会社もデザイナーはローカルで埋まってるので、あえてインターナショナルの子を雇う理由がないんですね。だから私はLinkedInやIndeedはもちろん、Google Mapsでデザイン会社を調べて、上から下までレジュメとポートフォリオを送るっていうのをやってました。渡航1年目の年末年始に、新年の花火が聞こえるなか2週間くらい部屋にこもって、30〜40ページの英語のポートフォリオを「時間がない」と思って作ったのを覚えてます。 Ryo: どのくらい送って、どのくらい返ってきましたか。 Aoi: はっきり覚えてないですけど、みんなと一緒で100通送って1、2通返ってくるかな、みたいな感じです。ただ私は幸い日本での経験年数があったので、面接まで行くと拾ってもらえることが多くて。あと私自身、日本で面接官をやっていた経験があるので分かるんですけど、その人が良い悪いというより会社のシチュエーションもかなり大きいんです。バンクーバーって移民が立ち上げた会社が多くて、そもそも人を雇う体力がないところも多い。だからレジュメが返ってこなくても、自分の能力の問題じゃない場合も多いんですよね。だんだんそれが分かってきたので、あまり気にせず、判断は彼らに任せて自分にできることをするっていうのをやってました。 Ryo: エンジニアだとATS対策がすごく大事なんですけど、デザイナーの場合はどうでした。 Aoi: そもそも英語のレジュメって見たことがなかったので、最初は叩きでスカスカでした。「自分がやったことを過去形にするのね」とか、ATSって何?っていうところから、自分で聞いたり情報収集しないと分からなくて。コーナーストーンにレジュメを見てくれるサービスがあったので、早い段階で「これ良いの?」って聞きに行きました。北米の人には簡潔な方が好まれるから、最初に伝えたいことをドンと出して、ダラダラ書かないでって言われたり。アドバイスを受けながら作ってましたね。 Hiroshi: エンジニアに比べると、企業に入るまでの流れがハイコンテクストですね。 Aoi: そうかもしれないです。デザイナーってカルチャーフィットみたいなところがあって。可愛いものを作る会社に、ゴリゴリの3Dや動画をやります、みたいな人が入って活躍できるかというとそうではない。お互いすごくカルチャーフィットを見てるんです。レジュメはやってきたことを文章にしてるだけなので、ポートフォリオを見れば「この人このくらいの経験があるんだ」って一目瞭然で。だからレジュメとポートフォリオを同列に、両方ちゃんとブラッシュアップしていかなきゃいけないんですよね。結局バンクーバーでは2社働いたんですけど、どちらも面接は1回。社長に呼ばれて喋って「うん、じゃあやってみな」みたいな感じでした。 アメリカへ、そして一区切りの帰国 Ryo: そこからロサンゼルスに移るのは、どういう流れだったんですか。 Aoi: カナダって人口3、4000万人で、アメリカは3億人ちょっといるじゃないですか。カナダで働くなかで、市場の大きなアメリカにチャレンジしたくなりました。トロントも1人で見に行ったんですけど、今チャレンジする時間があるならアメリカに行ってもいいかなと思って。カナダにいた2年目にセカンドワーホリが運良く当たって、その途中からアメリカにもレジュメを送り始めたんです。そうしたらロサンゼルスにある広告代理店が「じゃあロスおいでよ」って言ってくださって。プロベーションのあとリモートで働いてから、ビザを出してもらってロスに移りました。 Ryo: アメリカのビザはどういう形だったんですか。 Aoi: トレーニング、インターンのビザです。アメリカって日本とのワーホリがないので、大学を卒業してる人か就労ビザが出てる人しか基本いなくて、みんなどこかしらに所属してるっていう人が多い。カナダとはそこが結構違うなと思いました。 Hiroshi: アメリカで1年ちょっと過ごして、今は日本に戻ってこられたんですよね。どういう経緯で帰ろうと。 Aoi: 広告代理店で日系やアメリカのクライアントを担当させてもらってすごく勉強になったんです。ただ働いていくなかで、将来的に自分のデザイン会社を、アメリカと日本の両方で仕事ができる状態にしていきたいと思って。あとは北米で数年過ごして、現地就職するとか、アメリカの働き方やクライアントを知るっていう、渡航前に立てたチェックリストが全部埋まったんです。親は「無謀すぎる、本当に大丈夫か」って本気で心配してたくらいなんですけど(笑)、やりたいことができたので、一旦区切りとして帰ってこようと思いました。 Hiroshi: 数年後には北米で起業したいというお話も伺いましたけど、そのビジョンも聞かせてもらえますか。 Aoi: 北米って起業がすごくポジティブに受け入れられていて、自分でサービスを提供する側になるのが一つのゴールであるカルチャーだと思うんです。インターの時も「自分の会社を作るとしたら資本金いくらにしますか、何人雇いますか」みたいな授業があったくらいで。今はアメリカと日本でシームレスに仕事をするのも当たり前になってきているので。私の英語とデザインって10代から始まって、その熱量が何十年も続いているので、きっとそれは変わらない。だから長い目で見て、将来的に自分のデザインを届ける形を今は目指しているっていう感じですね。ロスで出会ったカメラマンやスタイリストみたいな、仲間を増やして楽しくやっていけたらなと思ってます。 これから海外を目指すデザイナーへ Ryo: これからデザイナーで渡航する人に、アドバイスはありますか。3社も行けたなら「無理」ってことは全然ないのかなと聞こえたんですけど。 Aoi: まず一つは、今日から英語を勉強してくださいっていうところですね。インタビューで上手く伝えられないと弾かれてしまうので、今日英単語を1個覚えるところから。そして、これは夢物語ではないっていうこと。私も来る前は「海外のデザイン会社で就職なんてあり得るのかな」と思って、1年ボランティアでどこか働けたらいいなくらいで来たんですけど、3社フルタイムで雇っていただけたので。日本でできる準備、ポートフォリオとかはしておいた方がいいです。未経験だとかなり厳しい道になるので、経験がないなら今から小さいものでも自主的にやってみる。渡航までにできることはやっておきましょう、っていう感じですね。 Ryo: 都市で言うと、バンクーバーはおすすめですか。それとも会社の多いトロントの方がいいんでしょうか。 Aoi: 結論から言うとバンクーバー、トロント共にすごくおすすめで。ステータスの話になりますが、カナダのワーホリやCo-op制度ってすごく自分のキャリアを自分のためにコントロールできるビザなんです。合っていなかったら辞められるし。ゴリゴリのカナディアンの会社で働きたいなら、カナダでCo-opやワーホリを使うのはすごくいい手段だと思います。アメリカだとまた戦い方が変わってきますね。 Hiroshi: 最後に、英語学習で大変な思いをしている方へのアドバイスもいただけますか。続け方やモチベーションの保ち方も含めて。 Aoi: 私が英語の先生とよく話しているのが、恋人でも友達でもいいので、何でも話せる人を作るのが一番いいっていうことなんです。私の場合はテキサス出身の先生を週1回雇っていて。ただの英会話じゃなくて、私が北米で働くにあたって知らないと危ない歴史や経済、カルチャーを教えてほしいと伝えて、彼女がアメリカのニュースを毎週1本選んで、それに私が意見を述べるっていう会をやっているんです。それがすごく効いていて。気の合う人を見つけてやると「この人に話したい」ってモチベーションになるので、英会話兼メンタリングみたいなのはすごく生きてる気がします。あとはドラマでも本でも、好きなものから始めるのがいいと思います。日本語のものを全部捨て去るくらいの勢いでもいいのかなと思いますね。 「グラフィックデザイナーは無理だと思うよ」と言われながらも、紙のアートディレクターとしての経験を武器に、カナダとアメリカで3社を渡り歩いたAoiさん。前例のない道を、ポートフォリオとレジュメを磨き上げ、カルチャーフィットという曖昧なものと向き合いながら切り拓いていった行動力がとても印象的でした。 10代のインターナショナルスクールから20年以上、英語を「自分から放さない」ように積み重ねてきた継続の力。そして「とりあえず行こう」と踏み出す軽やかさ。デザインという、技術だけでは測れない職種で海外を目指す方にとって、Aoiさんの歩みは大きなヒントになるのではないでしょうか。数年後、北米で自身のデザイン会社を構えるという次の挑戦も、きっと同じ熱量で実現していくのだと思います。

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