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「グラフィックデザイナーは無理だと思う…」から始まった — 紙のアートディレクターがカナダ・アメリカで現地就職するまで
インタビュー

「グラフィックデザイナーは無理だと思う…」から始まった — 紙のアートディレクターがカナダ・アメリカで現地就職するまで

今回お話を伺ったのは、グラフィックデザイナー兼アートディレクターのAoiさんです。日本では多摩美術大学グラフィックデザイン学科を出たあと、東京の広告制作会社で9年間、駅貼りのポスターやタレントを起用したビジュアルなど「紙」の広告を手がけてこられました。 エンジニアやファイナンスと違い、グラフィックデザイナーが海外で現地就職する前例はほとんどありません。Aoiさん自身、渡航前にFrogのSennaに相談したところ「グラフィックデザイナーは多分無理だと思うよ」と言われたそうです。それでもカナダのカレッジに通い、バンクーバーのデザイン会社、そしてロサンゼルスの広告会社へと、2年半のカナダと1年強のアメリカで3社にフルタイムで採用されました。カルチャーやセンスが問われる「ハイコンテクスト」なデザイナーの就活を、どう突破していったのか。10代のインターナショナルスクールから続く英語への向き合い方も含めて伺いました。 インターナショナルスクールで英語のベースを作る Ryo: 北米を目指したきっかけって、どのあたりにあったんですか。 Aoi: そもそも私自身、祖父が外国人なんですね。小さい頃からそれは家族の中でよく話が出ていて、自分にも外国の血が混じっているんだっていうのをうっすら感じてはいたんです。で、日本の高校に入ったんですけど、これしなさい、あれしちゃダメ、っていう校則がその時の私には全然合わなくて。もう登校拒否みたいになっちゃって、家で毎日映画を見てるような感じになったんです。その時に、私英語が好きだから英語を勉強したいなと思って。親戚とも喋れないし、それなら英語できちんとコミュニケーションを取れるようになりたいと思ってインターナショナルスクールに行きました。 Ryo: インターナショナルスクールって、日本の高卒資格は取れるんですか。 Aoi: 基本的にインターナショナルスクールって日本の高卒資格は取れないところが多いと思います。だから進学先は海外の大学か、そういう学校を受け入れてくれる大学が候補になるんですね。私は多摩美術大学のグラフィックデザイン学科に進学したんですけど、高卒資格が取れる別のインターに一瞬だけ通って、そこで卒業資格を取ってから多摩美に入るっていうことをしました。履歴書、欄が足りなくなっちゃうくらい、いろんなことをしてるんです。 Ryo: 中学までは普通に日本の教育を受けてたとなると、いきなり全部英語の環境は大変だったんじゃないですか。 Aoi: めちゃくちゃありました。英語、ハローぐらいしか言えないような状態でインターに入ったので。私のところは入試テストもなくてアプライしたら入れる学校だったんですけど、ネイティブの子も帰国子女もいて、同じカリキュラムをやるんです。隣のニュージーランドの女の子が家で30分で終わるようなエッセイを、私は夜中の3時まで書くみたいな。読むスピードも遅いし、単語も日本で育った高校1年生レベルだったので。算数も理科の実験も全部英語でやるんで、もう毎日かじりついてやってました。 Ryo: 学校の他の日本人の子と比べても、最初の3年間の蓄積は効いてたなと思いますか。 Aoi: ちょっと効いてたかもしれないです。言われてることが分からないとか、目の前で喋られてあわあわしちゃうみたいなことはなくて。あとはもうインター卒業してからもずっと勉強してたので。単語をメモったり、洋書を読むようにしたり。すごく眠くても、遊ぶ予定があっても、絶対5分でも英語に触れる時間を取ってました。英語を自分から放さないようにしてたっていうのはあるかもしれないです。もう20年以上、ずっとやってます。 絵が好きだった — 多摩美術大学から広告の世界へ Hiroshi: 美術やアート関連の分野は、若い頃から興味があったんですか。 Aoi: 勉強はできるタイプじゃなかったんですけど、絵は好きでよく描いていて。うさぎの絵を友達に「欲しい」って言われて描いてあげる、みたいなことを保育園の時にやってたのを覚えてます。翻訳とか英語の道に行くか、デザインの道に行くかで悩んだ時期もあったんですけど、最終的に絵を描けるスキルを生かしてみようと思ってデザインの道にしました。 Ryo: 美大って、予備校みたいなところに通って対策していくイメージがあるんですけど、そういう練習抜きで行けるものなんですか。 Aoi: 本当に的確で、美大ってほぼ浪人生が多いんです。美大に入るための実技の予備校が全国にあって、1年2年浪人して入る子が多い。独学で入ったっていう子は聞いたことないですね。大学によって実技試験の傾向も全然違うので、その対策に私も1年通いました。 Ryo: 多摩美を卒業したあとは、グラフィックデザイナーとして日本の会社に入ったんですか。 Aoi: そうですね。東京の広告制作会社に入って、そこは長くて9年くらいいました。グラフィックデザイナーとして入って、徐々にアートディレクターになっていくっていう基本的な流れですね。そこでは英語は全然使ってなかったです。日本の企業の仕事がメインでした。 Hiroshi: デザイナーってマネタイズが難しいという話もありますよね。そこの葛藤みたいなのはありましたか。 Aoi: 高校生の時にデザイナーって仕事にできるんだろうかと思った時期もあったんです。でも実際デザイナーって世界中にたくさんいますし、要は好きなものを突き詰めればそれが仕事になるっていうのは全てにおいて言えることなので。物を作る、ローンチするってすごくデッドラインがあるし、作らなきゃいけないボリュームもかなりあって。寝不足が続く日もありましたが、それでも続けられるのはやっぱり好きならではなのかなと思いますね。 コロナ禍で動き出した「海外で働く」という選択 Aoi: 私が日本を出てカナダに行ったのが2022年なんですけど、ちょうど2019、2020年くらいにコロナが来て。あの時期ってみんな自分のキャリアをどうしようって考える時間があったと思うんです。私も元々海外で働きたいっていうのはあって。ただ周りにグラフィックデザイナーで海外で働いてる子がいなかったんですね。最初にFrogのSennaにメールで相談した時、「グラフィックデザイナーは多分無理だと思うよ」って言われたんです(笑)。前例が少ないし、技術以外にカルチャーも知らなきゃいけないし、表現のバックボーンっていうところが難しいんじゃないかって。 Ryo: それでも行こうと。 Aoi: そうなんです。前例がなかったので渡った方のブログとかをいろいろ見ていて。トンコハウスっていうアニメーションスタジオをやられている、元ピクサーの堤さんの記事を見たんです。アメリカで長い間活躍されている方なんですけど、「いろいろ企画を練って手順を考えても、とりあえず来ちゃいなよ、来たらどうにかなるよ」って言っていて。じゃあとりあえず行こうと思って。働きながら準備して、会社を退職した3ヶ月後にカナダに行きました。 Hiroshi: 3ヶ月はかなりスピーディーですね。学校選びや資金計画があってというイメージでしたけど。 Aoi: プランニングと準備はかなりしていて。留学エージェントに金額感を聞きに行ったり、ポスグラなのかコープなのか、選択肢をいろいろ見ながら、昔から情報収集はしていたんです。準備が整った、レディだなと思って会社を退職して、東京の家を引き払った、っていう感じなので、準備期間はみんなと同じくらい取ってたと思います。 Ryo: 国選び、都市選びはどう考えたんですか。トロントの方が会社は多いのかなとも思いますけど。 Aoi: 私は結構ピックしてカナダに行った人間で、レアだと思うんです。そもそも通っていたインターナショナルスクールがカナダ系の学校だったんですね。先生もカナディアンの先生ばかりで、カナダの歴史も学んでいたので、もともとカナダがすごく好きだったんです。その愛着もあったので、次に英語圏で挑戦するならカナダ一択かなと思ってました。 「時間がない」— デジタルマーケティングという選択 Ryo: バンクーバーのコーナーストーンでは、デザインじゃなくてデジタルマーケティングのクラスに行かれたんですよね。デザイナーのコースがなかったからですか。 Aoi: デザイナーのコースはあえて選びませんでした。9年働いていろんな会社の広告を担当させてもらったので、カナダに行って「イラレはこうやって作るんですよ」「Photoshopでこれを描いてみましょう」が半年続くと考えると、英語ではあるんですけど、ちょっと時間のロスだなと思ったんです。北米で働くことを現実的に考えた時に、ビザって有限なものなので、日本みたいに「3ヶ月後にやろう」ができない。だから勉強はもういいや、現地で働くことをまずゴールにしようと。 Aoi: ちょうど退職する時に、大手のクライアントさんにピッチで伺ったら「うちはもう駅構内の広告とか紙の広告はやらない、全部デジタルに移行します」って言われたんです。デジタルの波って抗えないじゃないですか。出稿する先がデジタルやそういうメディアになってきた時に、私はまだそこが弱いなと思ったんです。デザインプラスアルファということで選びました。 グラフィックとWebは、似て非なるもの Ryo: グラフィックデザイナーとWebデザイナーの違いって、正直あまり分かってなくて。Aoiさんの肩書きはどちらになるんですか。 Aoi: 私はそもそも出発が全然Webの人間じゃないんです。いわゆるグラフィックデザイナーって、駅に貼ってあるポスターとか、タレントやモデルを起用したビジュアルを作るところで、本当に紙から出発してるんですね。デザインして印刷するっていうところから。今はグラフィックデザイナーでも動画を作る人もいるし、UIの人が紙を作ることもあるし、かなり横断してきてはいるんですけど。私も元々は紙で、Figmaを使ってフロントのデザインもしますけど、肩書き的にはグラフィックデザイナー、アートディレクターで、Webもやりますよっていう感じです。 Ryo: グラフィックデザインからWebデザインやプロダクトデザインには、簡単にコンバートできるものなんですか。 Aoi: 簡単ではないと思っていて。グラフィックの人が作るウェブサイトと、Webのプロの方が作るウェブサイトって全然違うんですよね。私たちは自分で作ったトップページの画像のトーンを、いかに下の階層のデザインにつなげていくかっていうアプローチで。動線だったり「ボタンここにあったらおかしいよね」っていうのは、Web界隈の人から見たら100点じゃないところがあると思うんです。FrogのUIの子と喋っても、考え方はちょっと違うなって感じます。 Ryo: プロダクトデザインはもっと理論からくるものが多いイメージなんですけど、Aoiさんはグラフィック寄りの考え方でキャリアを進んでいる感じですか。 Aoi: そうですね。Webが本業ではないっていう自覚もあるし、仕事的にはかなりグラフィックだったりアートディレクション、ビジュアルそのものを作る方ですね。デザイン会社って、例えばカナダの時はカナダ人の夫婦がやっている会社だったんですけど、InDesignでブックレットを作ったり、Illustratorでポスターを作ったり。北米ってサブスク文化があるので、メールをFigmaでデザインして、隣のプログラマーの子がKlaviyoで設定して配信する、みたいなこともやってました。 バンクーバーの就職活動 — 100通送って、返ってくるのは1、2通 Ryo: バンクーバーってグラフィックデザインの会社自体が少ないイメージなんですけど、どうやって応募していったんですか。 Aoi: 超少ないです。そもそもCo-opを取ってくれるデザイン会社もないし、大きい会社もデザイナーはローカルで埋まってるので、あえてインターナショナルの子を雇う理由がないんですね。だから私はLinkedInやIndeedはもちろん、Google Mapsでデザイン会社を調べて、上から下までレジュメとポートフォリオを送るっていうのをやってました。渡航1年目の年末年始に、新年の花火が聞こえるなか2週間くらい部屋にこもって、30〜40ページの英語のポートフォリオを「時間がない」と思って作ったのを覚えてます。 Ryo: どのくらい送って、どのくらい返ってきましたか。 Aoi: はっきり覚えてないですけど、みんなと一緒で100通送って1、2通返ってくるかな、みたいな感じです。ただ私は幸い日本での経験年数があったので、面接まで行くと拾ってもらえることが多くて。あと私自身、日本で面接官をやっていた経験があるので分かるんですけど、その人が良い悪いというより会社のシチュエーションもかなり大きいんです。バンクーバーって移民が立ち上げた会社が多くて、そもそも人を雇う体力がないところも多い。だからレジュメが返ってこなくても、自分の能力の問題じゃない場合も多いんですよね。だんだんそれが分かってきたので、あまり気にせず、判断は彼らに任せて自分にできることをするっていうのをやってました。 Ryo: エンジニアだとATS対策がすごく大事なんですけど、デザイナーの場合はどうでした。 Aoi: そもそも英語のレジュメって見たことがなかったので、最初は叩きでスカスカでした。「自分がやったことを過去形にするのね」とか、ATSって何?っていうところから、自分で聞いたり情報収集しないと分からなくて。コーナーストーンにレジュメを見てくれるサービスがあったので、早い段階で「これ良いの?」って聞きに行きました。北米の人には簡潔な方が好まれるから、最初に伝えたいことをドンと出して、ダラダラ書かないでって言われたり。アドバイスを受けながら作ってましたね。 Hiroshi: エンジニアに比べると、企業に入るまでの流れがハイコンテクストですね。 Aoi: そうかもしれないです。デザイナーってカルチャーフィットみたいなところがあって。可愛いものを作る会社に、ゴリゴリの3Dや動画をやります、みたいな人が入って活躍できるかというとそうではない。お互いすごくカルチャーフィットを見てるんです。レジュメはやってきたことを文章にしてるだけなので、ポートフォリオを見れば「この人このくらいの経験があるんだ」って一目瞭然で。だからレジュメとポートフォリオを同列に、両方ちゃんとブラッシュアップしていかなきゃいけないんですよね。結局バンクーバーでは2社働いたんですけど、どちらも面接は1回。社長に呼ばれて喋って「うん、じゃあやってみな」みたいな感じでした。 アメリカへ、そして一区切りの帰国 Ryo: そこからロサンゼルスに移るのは、どういう流れだったんですか。 Aoi: カナダって人口3、4000万人で、アメリカは3億人ちょっといるじゃないですか。カナダで働くなかで、市場の大きなアメリカにチャレンジしたくなりました。トロントも1人で見に行ったんですけど、今チャレンジする時間があるならアメリカに行ってもいいかなと思って。カナダにいた2年目にセカンドワーホリが運良く当たって、その途中からアメリカにもレジュメを送り始めたんです。そうしたらロサンゼルスにある広告代理店が「じゃあロスおいでよ」って言ってくださって。プロベーションのあとリモートで働いてから、ビザを出してもらってロスに移りました。 Ryo: アメリカのビザはどういう形だったんですか。 Aoi: トレーニング、インターンのビザです。アメリカって日本とのワーホリがないので、大学を卒業してる人か就労ビザが出てる人しか基本いなくて、みんなどこかしらに所属してるっていう人が多い。カナダとはそこが結構違うなと思いました。 Hiroshi: アメリカで1年ちょっと過ごして、今は日本に戻ってこられたんですよね。どういう経緯で帰ろうと。 Aoi: 広告代理店で日系やアメリカのクライアントを担当させてもらってすごく勉強になったんです。ただ働いていくなかで、将来的に自分のデザイン会社を、アメリカと日本の両方で仕事ができる状態にしていきたいと思って。あとは北米で数年過ごして、現地就職するとか、アメリカの働き方やクライアントを知るっていう、渡航前に立てたチェックリストが全部埋まったんです。親は「無謀すぎる、本当に大丈夫か」って本気で心配してたくらいなんですけど(笑)、やりたいことができたので、一旦区切りとして帰ってこようと思いました。 Hiroshi: 数年後には北米で起業したいというお話も伺いましたけど、そのビジョンも聞かせてもらえますか。 Aoi: 北米って起業がすごくポジティブに受け入れられていて、自分でサービスを提供する側になるのが一つのゴールであるカルチャーだと思うんです。インターの時も「自分の会社を作るとしたら資本金いくらにしますか、何人雇いますか」みたいな授業があったくらいで。今はアメリカと日本でシームレスに仕事をするのも当たり前になってきているので。私の英語とデザインって10代から始まって、その熱量が何十年も続いているので、きっとそれは変わらない。だから長い目で見て、将来的に自分のデザインを届ける形を今は目指しているっていう感じですね。ロスで出会ったカメラマンやスタイリストみたいな、仲間を増やして楽しくやっていけたらなと思ってます。 これから海外を目指すデザイナーへ Ryo: これからデザイナーで渡航する人に、アドバイスはありますか。3社も行けたなら「無理」ってことは全然ないのかなと聞こえたんですけど。 Aoi: まず一つは、今日から英語を勉強してくださいっていうところですね。インタビューで上手く伝えられないと弾かれてしまうので、今日英単語を1個覚えるところから。そして、これは夢物語ではないっていうこと。私も来る前は「海外のデザイン会社で就職なんてあり得るのかな」と思って、1年ボランティアでどこか働けたらいいなくらいで来たんですけど、3社フルタイムで雇っていただけたので。日本でできる準備、ポートフォリオとかはしておいた方がいいです。未経験だとかなり厳しい道になるので、経験がないなら今から小さいものでも自主的にやってみる。渡航までにできることはやっておきましょう、っていう感じですね。 Ryo: 都市で言うと、バンクーバーはおすすめですか。それとも会社の多いトロントの方がいいんでしょうか。 Aoi: 結論から言うとバンクーバー、トロント共にすごくおすすめで。ステータスの話になりますが、カナダのワーホリやCo-op制度ってすごく自分のキャリアを自分のためにコントロールできるビザなんです。合っていなかったら辞められるし。ゴリゴリのカナディアンの会社で働きたいなら、カナダでCo-opやワーホリを使うのはすごくいい手段だと思います。アメリカだとまた戦い方が変わってきますね。 Hiroshi: 最後に、英語学習で大変な思いをしている方へのアドバイスもいただけますか。続け方やモチベーションの保ち方も含めて。 Aoi: 私が英語の先生とよく話しているのが、恋人でも友達でもいいので、何でも話せる人を作るのが一番いいっていうことなんです。私の場合はテキサス出身の先生を週1回雇っていて。ただの英会話じゃなくて、私が北米で働くにあたって知らないと危ない歴史や経済、カルチャーを教えてほしいと伝えて、彼女がアメリカのニュースを毎週1本選んで、それに私が意見を述べるっていう会をやっているんです。それがすごく効いていて。気の合う人を見つけてやると「この人に話したい」ってモチベーションになるので、英会話兼メンタリングみたいなのはすごく生きてる気がします。あとはドラマでも本でも、好きなものから始めるのがいいと思います。日本語のものを全部捨て去るくらいの勢いでもいいのかなと思いますね。 「グラフィックデザイナーは無理だと思うよ」と言われながらも、紙のアートディレクターとしての経験を武器に、カナダとアメリカで3社を渡り歩いたAoiさん。前例のない道を、ポートフォリオとレジュメを磨き上げ、カルチャーフィットという曖昧なものと向き合いながら切り拓いていった行動力がとても印象的でした。 10代のインターナショナルスクールから20年以上、英語を「自分から放さない」ように積み重ねてきた継続の力。そして「とりあえず行こう」と踏み出す軽やかさ。デザインという、技術だけでは測れない職種で海外を目指す方にとって、Aoiさんの歩みは大きなヒントになるのではないでしょうか。数年後、北米で自身のデザイン会社を構えるという次の挑戦も、きっと同じ熱量で実現していくのだと思います。

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デロイト・AWSを経てバンクーバーへ。ポートフォリオで「AIエンジニア」の職を掴んだRyosukeさん
インタビュー

デロイト・AWSを経てバンクーバーへ。ポートフォリオで「AIエンジニア」の職を掴んだRyosukeさん

今回お話を伺ったのは、バンクーバーでAIエンジニアとして働き始めたRyosukeさんです。日本ではメーカー、デロイト、AWSと3社でエンジニアのキャリアを積み、6年以上の経験を経てカナダに渡りました。ダグラスカレッジの2年間のプログラムを卒業し、ポスグラ(卒業後就労許可)を得て現地就職しています。 デロイトやAWSといった華やかなキャリアの中で、あえて「コンサルタント」ではなく「エンジニア」の道を選び続けてきたRyosukeさん。そして就活では、150社に応募しながらも、レジュメや面接対策を徹底する“王道”とは少し違うルートを通りました。2年前には存在すらしなかった「AIエンジニア」という生まれたての職種に狙いを定め、自作アプリのポートフォリオでオファーを掴んだのです。 なぜキラキラしたコンサルの道ではなくエンジニアを選んだのか。ビッグデータへの憧れ、UBCのマスターを目指した英語学習、そして新しい職種の波の掴み方まで。Podcast「海外キャリアログ」でのインタビューをお届けします。 「メーカー、デロイト、AWS」日本で積んだエンジニアの6年 Ryo: まず簡単に経歴を教えてもらえますか。 Ryosuke: 今はバンクーバーでエンジニアとして最近働き始めたんですけど、その前は日本で6年ちょっとエンジニアをやっていました。日本での経験を経てダグラスカレッジの2年のプログラムに入り、卒業してポスグラ(卒業後就労許可)を得て、今カナダで働き始めた、という流れです。 Ryo: キャリアがすごいことになってますよね。デロイトのあとにAWS、みたいな。日本時代を少し振り返ってもらえますか。 Ryosuke: 日本では3社経験しています。最初は大学の先生の繋がりで、メーカーの中でエンジニアとしてキャリアをスタートしました。インターンも含めて3年以上いたんですけど、かなり特定の領域にフォーカスした仕事ばかりだったので、もっと幅広い視点を得たいなと。ちょうどコンサルティング会社がエンジニアを募集していたので、そこへ移りました。 Senna: そこでは何エンジニアになるんですか。 Ryosuke: フルスタックエンジニアです。データサイエンティストのチーム、デザイナーのチームがあって、それ以外の「何でもやります」というエンジニアのチームがあって、そこに入った感じですね。 Ryo: デロイトのコンサルのエンジニアって、何でもやるといってもどの辺を指すんですか。 Ryosuke: ちょうどDX(デジタル・トランスフォーメーション)がバズワードだった時期で。コンサルタントがクライアントに提供するプロフェッショナルサービスも、デジタルアセットを使えばもっと付加価値が高くなるし、サブスクみたいにストック型の収益にもなる、と当時の経営陣が考えてできたチームなんです。いろんな部署のコンサルタントから「こういうアプリをお客様に提供したいのでPOCから作ってくれないか」と依頼が来て、0から1にする仕事もあれば、1を10、20にしていく仕事もある。デロイトはクライアントが幅広いので、作るアプリも本当に幅広かったですね。 Senna: ソフトウェアエンジニアとコンサルは、仕事が明確に分かれているんですか。 Ryosuke: できたての頃はきっちり分かれていました。でも、仕様をお客さんから聞いて作れるエンジニアと、実際に実装するエンジニアと、役割はいろいろあった方がいいよね、と。組織もアジャイルに進化していこうという流れがあって、後半は半分コンサルタントのようにコミュニケーションを取る人と、実装する人とに柔軟に分かれていきました。 キラキラのコンサルではなく、エンジニアを選んだ理由 Senna: 日本ってコンサル業界がめちゃくちゃキラキラしてるじゃないですか。大学生の行きたいランキングにもデロイトやアクセンチュアが入ってくる。デロイトにいたらそのままコンサルの道もあったと思うんですけど、そうならずにエンジニアの方に行った理由ってあるんですか。 Ryosuke: 実は僕、大学院を出たときはコンサルタントになりたくて就活していたんです。でも、いわゆるビッグ4の会計系ファームや日系の大きいところを受けても、目標にしていた会社には入れなくて。それがエンジニアとしてのスタートでした。ただ1社目でエンジニアとして色々やる中で、DXの流れもあって、「エンジニアの方が個人的にはかっこいいな」と気持ちが切り替わっていって。 Senna: へえ、逆の印象です。 Ryosuke: コンサルタントの方って、入社してすぐみっちり研修して、パワポもすぐ作れるし、クライアントワークも上手で、何でもできる。そういう人たちと働く中で、今から自分がそこになるのはオーバーヘッドが大きいなと。それに、DXという文脈ではエンジニアはなくてはならない存在だという認識があったので、リスペクトはしつつも、自分の道はエンジニアなのかなと何となく思うようになりました。 Ryo: コンサルって、年齢を重ねて続けていくのに壁があるという話を聞きますが、経験のない僕からするとイメージがつかなくて。40でも50でもやれる仕事なんじゃないの、と思っちゃうんですよね。 Ryosuke: 向いている人は本当にとことんのめり込むように仕事をしていますね。年齢は関係なく。僕がいたチームでも、ディレクターやパートナーに進めると言われている人が、あえてシニアマネージャーに留まって、フィールドでお客様と一緒にプロジェクトを進めることに喜びを感じていたり。そういう人は土日になろうが関係ない、という感じでした。 Senna: コンサルって残業も多いし、マネージャーになるまでは残業代で稼ぐみたいな文化もある。飲みも多くて、結構体育会系なんですよね。ライフステージが変わると厳しいなと思う人が多い。 Ryosuke: コンサルタントは、オンでもオフでも「コンサル脳」で仕事を考えるのが好きな人なのかなと。逆に、仕事があっても土日は自分でラズベリーパイをいじったり、チームでKaggleをやったり、サイドプロジェクトに興味がある人は、エンジニアになった方がQOLが上がると思います。僕はどちらかというとそっち側だったので。コンサルタントの人は「すごい人たちだな」という感じですね。 Senna: 仕事ばっかりするのがかっこいいんじゃなくて、ちゃんとお金を稼いで、ちゃんと休日があって、仕事は4時5時で終わるのがかっこいいんだよ、というのを大学生には言いたいですね。 ビッグデータへの憧れから、AWSのBIエンジニアへ Ryo: 次はAWSで、ビジネスインテリジェンスエンジニアという、なかなか聞き慣れない職種ですよね。転職のきっかけは。 Ryosuke: デロイトのプロジェクトはPOCや0→1がメインだったので、大きいデータを触る機会があまりなかったんです。1万レコードを超えることすらほぼない。最初はダミーデータを入れて、初期の数社のお客様に使っていただくくらい。もともと一貫してデータに関わる仕事をしてきたので、やっぱりビッグデータへの憧れがあって。事業会社で自社のデータを使ってインサイトを出す、みたいなことは今のチームではできないな、と思って転職を考え始めました。 Senna: ビジネスインテリジェンスエンジニアって、データアナリストとデータエンジニアの間みたいなイメージですか。 Ryosuke: まさに間くらいですね。AWSジャパンはほぼ営業の方しかいなくて、純粋なSDE(ソフトウェア開発エンジニア)はいないんですけど、営業向けの社内セールスダッシュボードを、AWSのQuickSightというツールで作ったり、それにまつわるETLパイプラインを当時はAirflowで実装したり。データをエンジニアリングというより、セールスに活かす仕事でしたね。 Ryo: AWSのビジネス全体を把握した上で、営業さんにツールとして提供する。作りもするしアナライズもする、ビジネスの根幹のポジションを2年ほど、ということですね。 UBCのマスターを目指して、ダグラスカレッジへ Ryo: これだけデロイトもAWSも経験して、6年近いキャリアがある方が、なぜわざわざカナダのカレッジに行こうと思ったんですか。 Ryosuke: 実は、UBCのマスターコースを狙っていたんです。ただ、IELTSのスピーキングがどうしても0.5点足りなくて。オーバーオール7で、全科目6.5以上あれば出願できたんですけど。もう少し勉強してもよかったんですが、それよりも早くカナダでキャリアを積みたい、日本で英語の勉強だけに留まる理由もないな、と思って。 Senna: 英語はもともと使っていたんですか。 Ryosuke: 日本ではほぼ使わなかったですね。リーディングとリスニングはできるけど、アウトプットが全然ダメという、典型的な日本人の能力分布で。1社目がちょっと面白い会社で、TOEICで900点を取るとボーナスが増えるんですよ。600点から900点になると月給で1.5万円くらい上がって、ボーナスも入れるとトータルで20万円くらい上がる。 Senna: 日本で20万上がるならいいですね。 Ryosuke: それでTOEICは勉強していたので、リーディングとリスニングはそこそこに。スピーキングとライティングは、DMM英会話をずっとやっていました。ネイティブキャンプも試したんですけど、いろんな国の講師と話せて、バリエーションが豊富だったのがDMMだったんです。ちょうどコロナ禍で仕事もリモートだったので、駅前の英会話よりオンラインがいいな、という理由もありました。 Ryo: カレッジはなぜバンクーバーに、そしてダグラスに。 Ryosuke: 日本から近いのと、ランガラとダグラスに出願して、ダグラスが最初にアクセプトしてくれたので、もう決めちゃおう、と。出願する頃に一度カナダに来てみたんですけど、それが初めての渡航で。思っていたより中国系も含めてアジア系の人が多くて、初めての海外生活をするなら過ごしやすそうだな、と感じたんです。もっと白人ばかりだと思っていたので。 Senna: バンクーバーって悪いところが少ないんですよ。刺身もラーメンも食べられるし、長い目で見ると永住しやすい。アメリカ大陸の中で一番アジアに近い、という感じですね。 Ryo: 2年間やってみて、今振り返るとどうですか。 Ryosuke: 結構ミックスですね。最近のAIで誰でもプロレベルのコードが書ける状況を踏まえると、2年間が本当に必要だったかは言い切れない。ただ、その2年間をある種のモラトリアムとして、自分でアプリをリリースしたり、プロジェクトを立ち上げたりできたのは幸いだったなと。もし今2026年に新しくチャレンジするなら、2年より1年とか、もう少し短いところを選ぶと思います。 卒業1ヶ月前から。150社に応募した就活 Ryo: 2年のカレッジだと就活の開始時期も気になります。準備はいつから。 Ryosuke: 今の仕事のために動いた期間は結構短くて、3月の中頃から始めました。卒業の1ヶ月前ですね。今思うと、なめてるなという感じなんですけど。 Ryo: ポジションがオープンになったタイミングと被った、みたいな感じですか。 Ryosuke: というより、個人的な都合が大きくて。ビジネスインテリジェンスエンジニアやデータアナリスト、それにAIエンジニアみたいな仕事を狙っていたんですけど、ソフトウェアエンジニアとしてちゃんと経験したという実感がなかったので、ポートフォリオとして動くアプリを作った上で就活したかったんです。それができたのが3月中頃だったので、「よし、ポートフォリオを引っ提げて行くか」と。 Ryo: 就活全体では何社くらい応募したんですか。 Ryosuke: 応募だけで言うと150社くらいです。返事が返ってきて、インタビューに進んだのは10社ちょっとですね。ほとんどが、ソフトウェアエンジニアリングをメインにするSaaS企業というより、別のインダストリーがあってそこにAIを活用していこう、という部署を作った会社や、新しくできたベンチャーでした。 「AIエンジニア」という新しい波に乗る Senna: 3社目まで来ると、僕はもうポートフォリオを作ることがなくなってきて、経験で何とかなっちゃってるんですけど。今回ポートフォリオを作ってよかったと思いました? それとも、ワンチャンいらなかったな、と。 Ryosuke: AIエンジニアに関しては、結構助かった部分がありました。AIエンジニアって、ソフトウェアエンジニア+AIエージェントのアプリを作る、みたいな役職なんですけど、面接を受ける中で、コーディングよりもシステムデザインに重きを置いている印象があって。自分でアプリを作って、RAGやLangGraphといった実装まで含めて技術要素をちゃんと説明できることが、コーディングよりも重視されていました。面接で実演も含めて「こういうアプリを作りました」と話す機会が結構あって、そこがかなりポジティブな結果につながったので、ポートフォリオをフル活用した印象です。 Ryo: フロックの中でも考え方が二分するところで。個人開発がきっかけで受かる人もいれば、レジュメや面接対策を徹底的にやってキャリアを築く人もいる。AIエンジニアという文脈でポートフォリオが重要視されたというのは、結構新しいお話ですね。 Ryosuke: 本当に勘が当たっただけで、ラッキーといえばラッキーなんですけど。AIエンジニアの求人票を見ると、必ずLLMがあって、LangChainやLangGraphがあって、オブザーバビリティのLangSmithを使った、とか、RAGといったキーワードが出てくる。その手の職種は、多分2年前には存在すらしていなかったんですよ。だからこそ、出たての仕事にはチャンスがあるというか。攻め方次第では、一般的なソフトウェアエンジニアリングのコーディングテストやかっちりしたシステムデザインとは違うプロセスもあるんじゃないか、と勝手に想像して始めたら、部分的にはその通りだった、というお話ですね。 デロイトやAWSという華やかなキャリアを歩みながら、周囲の「キラキラ」や空気に流されず、QOLや手を動かす楽しさという自分の価値観でエンジニアの道を選び続けてきたRyosukeさん。カナダでは2年間のカレッジで一度立ち止まり、その時間をモラトリアムとしてアプリづくりに充てました。 そして就活では、レジュメや面接対策を磨き上げる王道だけでなく、「AIエンジニア」という生まれたての職種に狙いを定め、選考プロセスの定石がまだ固まっていない領域で、自作ポートフォリオと実演を武器にオファーを掴みました。新しい波は、掴み方次第でチャンスになる。Ryosukeさんの歩みは、そんなことを教えてくれる、示唆に富んだお話でした。貴重なお時間、ありがとうございました。 このインタビューはPodcast「海外キャリアログ」でも配信しています。毎週月曜更新、Spotify・Apple Podcast・YouTubeなどでお聴きいただけます。ぜひ合わせてお楽しみください。

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「駐在」という王道を外れて — 元外資コンサルがMatch Group(Tinder)のファイナンス職に就くまで
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「駐在」という王道を外れて — 元外資コンサルがMatch Group(Tinder)のファイナンス職に就くまで

今回お話を伺ったのは、バンクーバーでMatch Group(Tinder等を運営する米国企業)のFP&Aとして働くudonさんです。日本では外資系コンサルティングファームL.E.K. Consultingを皮切りに、トリドール(丸亀製麺)の海外事業、PEファンド、ITスタートアップと4社で経営企画の経験を積んでこられました。 外資コンサル出身者が海外で働くケースは珍しくありませんが、そのほとんどは社内トランスファーや駐在です。udonさんはそのどちらでもなく、パートナーのカレッジ留学に同行する形でバンクーバーに渡り、ゼロから現地就職を果たしました。バンクーバーで同じ道を歩んだ日本人の前例はほぼ見つからなかったそうです。経営企画のキャリアをFP&Aとして再定義し、約60社に応募、73日でオファーを獲得。駐在でもリロケーションでもない、コンサル出身者の海外キャリアの切り拓き方を伺いました。 コンサルから丸亀製麺、そしてカナダへ Senna: まず簡単にバックグラウンドを教えてもらえますか。 udon: バンクーバー3年目で、こっちの会社でファイナンスの仕事をしています。日本で10年くらい働いたあと、3年弱前にこっちに来ました。日本生まれ日本育ちで、日本の大学を出て、4社経験して、仕事やめてこっちに来たって感じですね。 Ryo: ファイナンスって具体的に何をされてるんですか。 udon: FP&Aっていう職種で、Financial Planning and Analysisの略です。欧米でもここ10〜15年くらいの比較的新しい仕事ですね。日本だとFP&Aという職種で働いている人はあまり多くなくて、経営企画とか事業企画の人がカバーしている範囲に近いです。 Ryo: じゃあ日本でやってたことを英語で今やってるような感じですか。 udon: おっしゃるとおりですね。もちろん新しい領域はありつつ、基本的には日本でやってきたことの延長にあるんで、ゼロから学んでって感じではないです。 Senna: てっきり日本でもずっとファイナンスの人だと思ってました。コンサルも入ってたんですね。 udon: そうなんです。新卒が外資コンサルで、そのあと丸亀製麺の経営企画、PEファンド、直近がスタートアップ。ファイナンスという看板を掲げて働くのは今の会社が初めてです。 Senna: 丸亀製麺の経営企画をやってたから「うどん」なんですね。 udon: そうそう。アメリカにうどん屋を広げる仕事をしてたんですよ。ハワイが海外1号店で、オープン以来ずっと売上ナンバーワンの店なんですけど、そこからアメリカ本土にも出していくぞってタイミングだった。でもコロナで全部なくなっちゃって。 Ryo: 海外に行こうと思ったきっかけは? udon: 海外志向はお互いあって、5年以上前から「海外に住んでみたいよね」って話はずっとしてました。丸亀のアメリカ展開で行けるかなと思ってたけどコロナでなくなって。そうしてるうちに妻がBCITに留学するってなったんで、「わ、ラッキー、俺も行くわ」って感じで仕事やめて一緒に来ました。 Senna: パートナーの方がBCITでめちゃくちゃ忙しそうにしてる横で、udonさんはビール飲んでサッカーしてたと。 udon: 東京にいたときは週5、6で飲み会してたのが、こっち来たら週5、6で運動して。めちゃめちゃ体重減って、すごい健康的になってました。で、数ヶ月そうしてたら妻に「なんかしたら」って言われまして。 英語力は飲み会で鍛えた Senna: 英語はもう完全にできた状態でカナダに来たんですか。 udon: 元々できる方でした。最初の海外経験は5歳から7歳のときに親の仕事でドイツにいたこと。田舎だったんでインターも日本語学校もなく、現地校にぶち込まれて。「ハイはヤー、いいえはナイン、がんばれ」みたいな感じで送り出されて、半年後にはドイツ語ペラペラでした。でも日本に帰ったらすぐ忘れちゃうんですよね。 udon: 大学で英語をちゃんとやろうと思って、留学生と一緒の授業を取ったりしてました。グループワークでは全然貢献できないんですけど、飲み会のセッティングはめっちゃやるし、飲み会でよく喋る。飲み会イングリッシュで鍛えていきました。オーストラリアとオーストリアに交換留学もしています。 Senna: 英語の最初ってやっぱり自信をつけるところですよね。 udon: そうですね。ウィーンに留学したとき、ヨーロッパ人は英語できると思ってたけど「あれ、俺の方ができるな」って気づいて。劣ってはいないなっていう自信がつきました。 Ryo: 1社目のL.E.K. Consultingで英語はどうでした? udon: 仕事が全部英語で、コンサルという仕事もわからないなかで外国語っていう掛け算だったんで、最初の2年はかなり大変でした。でもそこで「英語で働くこと自体はもう全然いける」ってなりましたね。お客さんは日本企業なのに、全部英語なんですよ。 Ryo: 日本の企業が相手なのに全部英語? udon: そう、思うじゃないですか。でも全部英語なんです。ヘルスケア、特に製薬業界のクライアントが多くて、製薬業界って結構グローバルなんで、やり取りが全部英語でしたね。 友達がほしくて始めた就職活動 udon: 就活を始めた理由は、正直「友達がほしい」っていうのが大きいです。サッカーチームに入ったりジムに行ったりで友達はできてたんですけど、いまいち増えない。東京にいたときを振り返ると、やっぱり仕事を通して広がった同僚や同業の繋がりが大きかったな、と。そうか、仕事した方が友達できるな、って。 Senna: その自信がすごいですよね。 udon: いやほんと、英語めっちゃできるし、職歴もあるし、結構いい奴だし、仕事なんか見つかるだろうなっていう、すごい甘い想定で来たんですよ。で、応募してくんだけど全然返事が来ない。1、2週間経って「これはおかしいぞ」と。日本だと向こうからジョブが降ってくるじゃないですか。3週間くらい経って周りの人とも話しだして、「あ、前提が違うんですね」ってなりました。 Ryo: 最初からファイナンスで探してたんですか。 udon: 最初は「コーポレート・ストラテジー」で探したんですけど、全然ないんですよ。じゃあ日本でいう「元コンサル」の人はこっちで何やってるんだろうと思ったら、元コンサルっていう概念がそもそもない。マッキンゼーもBCGもベインもバンクーバーにオフィス持ってないし。結局、僕がやってきたことに近い職種がシニア・フィナンシャル・アナリストとかFP&Aマネージャーだったんで、2週目くらいから「ずっと10年ファイナンスやってます」みたいなキャラクターにレジュメを切り替えました。 Senna: バレませんでした? udon: 先週アメリカに出張したとき、上司に「Your resume was weird」って言われました。バレてたんですよ。すごいファイナンスの人です、ってすまし顔してたんですけどね。 Ryo: ATS対策もされてたんですよね。 udon: こっち来たときは当然ATSなんて知らなくて。ウェブセミナーとかに出るうちに存在を知って、ジョブスキャンに課金して対策しました。ファイナンス職はポジションが少ないんで、1つ1つの応募が勝負なんですよね。 udon: 結局60社くらい出して、面接呼ばれたのが4社。オファーもらったのが今の会社です。73日、約200時間かけました。 Senna: こっちの平均は半年から9ヶ月ですから、ずいぶん早いですよ。 udon: 運が良かったですね。でも面接まで呼ばれりゃ受かるだろうっていう乱暴な自信はありました。 Senna: ファイナンスの面接ってどんなプロセスですか。 udon: まずリクルーター面接。志望動機と自己紹介、「AIじゃなく人間なのか」みたいなチェックですね。次がビヘイビアルで、実務者からどういうモデリングしてたか、レベニューのフォーキャストはどうするか、みたいなことを聞かれる。そのあとにケース面接があります。コンサルの面接と似ていて、あるお題をベースにしたビジネスケースを解く。僕の場合はコンシューマー向けアプリのフィールドでした。 Senna: ケース面接って慣れでどうにかなりますか。 udon: 書籍もあるし、練習すれば対策はできます。僕はコンサル時代は面接する側だったんで、逆にしばらくやってなくて「やべえ」と思って。現役コンサルのマネージャーの友達を5人くらい引っ張り出して模擬面接しました。おかげで本番はするっといけました。 北米のファイナンスで働くということ Ryo: 北米で実際に働いてみて、日本との違いは感じますか。 udon: ファイナンスという立ち位置は結構いいなと思います。まずアクセスできる情報が多い。財務データはもちろん、事業責任者との議論にも入れるんで、上で何が話されてるかがわかる。「なんでこれをいつまでにやらないといけないのか」がちゃんと理解できるのは、仕事のモチベーションにつながりますね。 udon: あと、職種ごとの専門性がリスペクトされているのがいいです。日本のスタートアップだと「いい感じになんでもやってくれ」みたいなのがあったけど、こっちではファイナンスの人はファイナンスの仕事をするし、それが尊重される。「ファイナンスの人が言ってるからこうだよね」みたいなリスペクトがある。 Ryo: それはエンジニアもめちゃくちゃ似てます。日本だとエンジニアにもいろいろやらされるけど、こっちではプロとして任せてもらえる。 udon: そうですよね。で、こっちの方が職種によって年収の差はドラスティックだったりするけど、だからといってへりくだるとかは全然ない。カスタマーサポートの人とMLエンジニアで年収が3〜4倍違うかもしれないけど、みんな同じようにリスペクトし合ってる。そこはすごく働きやすいです。 Senna: ファイナンスってエンジニアよりレイオフされにくいんですか。 udon: ファイナンスが守られてるとは全然思わないです。ただ、僕がやってる仕事は社内のコミュニケーションが結構求められる立ち位置なんで、リプレイスしにくい要素はあるかもしれない。エンジニアだとうわっと倍増して景気が悪くなったら切る、みたいなことが起こりうるけど、ファイナンスのヘッドカウントが急に倍増するってことはそもそもないんで。 udon: コンサル時代から感じてたんですけど、意思決定を動かすのって結局エモい部分なんですよね。M&Aのデューデリジェンスも、会社が買いたいかどうかってだいたい決まってて。恋愛と一緒で、「あの子めっちゃ好きだけど軽々しく好き」って言えないときに、ロジカルな理由を外から持ってきてあげて背中を押す。「お前行けよ、コクれよ」って言ってほしいだけなんだから。そういうエモい部分の仕事は、AIうんぬんに限らず長持ちする機能なのかなと思います。 これからのキャリア — 「どこまでいけるか」 Ryo: これから長期でカナダにいたいと思いますか。 udon: 永住するぞっていう気持ちはないけど、今すぐ帰りたいとも思わない。ボードゲームみたいな感覚で、「どこまでいけるか」を試してみたいんですよね。バンクーバーにはビジネス系で高い位置にいる日本人ってあまりいないんで、じゃあ自分はどこまで食い込めるか。昇進とか、面白いポジションとか、年収もそうかもしれないけど、ゲーム的に面白い。 Senna: ファイナンスだったらトロントの方が良さそうですよね。 udon: いや、本当にそう思います。バンクーバーはジョブも飲み会もないですからね。自然しかない。就職が第一だったら絶対トロントの方がいいと思いますよ。ただ僕の場合は妻がBCITに来たのがきっかけだし、バンクーバーの気候が好きなんで。 Senna: ビザの面ではどうなんですか。 udon: 最初は妻の配偶者ビザで来て、今は会社にビザを出してもらって働いてます。配偶者ビザが切れるタイミングで相談したら、割とあっさり出してくれて。 Ryo: ワーホリから来て仕事ゲットして、そのままワークビザ出してもらえるっていうのは朗報ですね。 udon: それはあり得ると思います。ただ最初からビザなしの状態だと厳しいかな。僕も1年以上働いて「こいつ悪くねえな」って認めてもらった状況だったから出してもらえた部分はあると思います。 udon: 最近、毎週金曜にやってるモーニングコーヒーで妻と話したんですけど、「海外行きたいって僕の方が言ってたのに、結局自分でプランしてなかったよね。サンキュー」って言ったら、向こうは「この人はサバイバル能力が高いから、何かしらの手段で連れてきゃ仕事とか私より見つけるだろうと思ってた。作戦通り」って。 Senna: すごい。よく見てますね。 外資コンサルや経営企画の経験を持ちながら、駐在でも社内トランスファーでもなく、現地就職という形でカナダでのキャリアを切り拓いたudonさん。先輩がほぼいないなか、自身のスキルセットを現地市場に合わせて「ファイナンス」として再定義し、短期間でオファーにつなげた柔軟さと行動力がとても印象的でした。 準備と情報収集を怠らず、ポジショニングを柔軟に変えること。そして「面接まで呼ばれりゃ受かる」と信じて動き続けること。udonさんの経験は、駐在以外のルートで海外キャリアを模索している方にとって、具体的なヒントになるのではないでしょうか。 このインタビューはPodcastでも配信しています。ぜひ合わせてお聴きください。 Spotifyで聴く udonさん関連リンク udonさんのパートナーが運営するPodcast udonさんのnote udonさん個人ページ

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