デロイト・AWSを経てバンクーバーへ。ポートフォリオで「AIエンジニア」の職を掴んだRyosukeさん
今回お話を伺ったのは、バンクーバーでAIエンジニアとして働き始めたRyosukeさんです。日本ではメーカー、デロイト、AWSと3社でエンジニアのキャリアを積み、6年以上の経験を経てカナダに渡りました。ダグラスカレッジの2年間のプログラムを卒業し、ポスグラ(卒業後就労許可)を得て現地就職しています。
デロイトやAWSといった華やかなキャリアの中で、あえて「コンサルタント」ではなく「エンジニア」の道を選び続けてきたRyosukeさん。そして就活では、150社に応募しながらも、レジュメや面接対策を徹底する“王道”とは少し違うルートを通りました。2年前には存在すらしなかった「AIエンジニア」という生まれたての職種に狙いを定め、自作アプリのポートフォリオでオファーを掴んだのです。
なぜキラキラしたコンサルの道ではなくエンジニアを選んだのか。ビッグデータへの憧れ、UBCのマスターを目指した英語学習、そして新しい職種の波の掴み方まで。Podcast「海外キャリアログ」でのインタビューをお届けします。
「メーカー、デロイト、AWS」日本で積んだエンジニアの6年
Ryo: まず簡単に経歴を教えてもらえますか。
Ryosuke: 今はバンクーバーでエンジニアとして最近働き始めたんですけど、その前は日本で6年ちょっとエンジニアをやっていました。日本での経験を経てダグラスカレッジの2年のプログラムに入り、卒業してポスグラ(卒業後就労許可)を得て、今カナダで働き始めた、という流れです。
Ryo: キャリアがすごいことになってますよね。デロイトのあとにAWS、みたいな。日本時代を少し振り返ってもらえますか。
Ryosuke: 日本では3社経験しています。最初は大学の先生の繋がりで、メーカーの中でエンジニアとしてキャリアをスタートしました。インターンも含めて3年以上いたんですけど、かなり特定の領域にフォーカスした仕事ばかりだったので、もっと幅広い視点を得たいなと。ちょうどコンサルティング会社がエンジニアを募集していたので、そこへ移りました。
Senna: そこでは何エンジニアになるんですか。
Ryosuke: フルスタックエンジニアです。データサイエンティストのチーム、デザイナーのチームがあって、それ以外の「何でもやります」というエンジニアのチームがあって、そこに入った感じですね。
Ryo: デロイトのコンサルのエンジニアって、何でもやるといってもどの辺を指すんですか。
Ryosuke: ちょうどDX(デジタル・トランスフォーメーション)がバズワードだった時期で。コンサルタントがクライアントに提供するプロフェッショナルサービスも、デジタルアセットを使えばもっと付加価値が高くなるし、サブスクみたいにストック型の収益にもなる、と当時の経営陣が考えてできたチームなんです。いろんな部署のコンサルタントから「こういうアプリをお客様に提供したいのでPOCから作ってくれないか」と依頼が来て、0から1にする仕事もあれば、1を10、20にしていく仕事もある。デロイトはクライアントが幅広いので、作るアプリも本当に幅広かったですね。
Senna: ソフトウェアエンジニアとコンサルは、仕事が明確に分かれているんですか。
Ryosuke: できたての頃はきっちり分かれていました。でも、仕様をお客さんから聞いて作れるエンジニアと、実際に実装するエンジニアと、役割はいろいろあった方がいいよね、と。組織もアジャイルに進化していこうという流れがあって、後半は半分コンサルタントのようにコミュニケーションを取る人と、実装する人とに柔軟に分かれていきました。
キラキラのコンサルではなく、エンジニアを選んだ理由
Senna: 日本ってコンサル業界がめちゃくちゃキラキラしてるじゃないですか。大学生の行きたいランキングにもデロイトやアクセンチュアが入ってくる。デロイトにいたらそのままコンサルの道もあったと思うんですけど、そうならずにエンジニアの方に行った理由ってあるんですか。
Ryosuke: 実は僕、大学院を出たときはコンサルタントになりたくて就活していたんです。でも、いわゆるビッグ4の会計系ファームや日系の大きいところを受けても、目標にしていた会社には入れなくて。それがエンジニアとしてのスタートでした。ただ1社目でエンジニアとして色々やる中で、DXの流れもあって、「エンジニアの方が個人的にはかっこいいな」と気持ちが切り替わっていって。
Senna: へえ、逆の印象です。
Ryosuke: コンサルタントの方って、入社してすぐみっちり研修して、パワポもすぐ作れるし、クライアントワークも上手で、何でもできる。そういう人たちと働く中で、今から自分がそこになるのはオーバーヘッドが大きいなと。それに、DXという文脈ではエンジニアはなくてはならない存在だという認識があったので、リスペクトはしつつも、自分の道はエンジニアなのかなと何となく思うようになりました。
Ryo: コンサルって、年齢を重ねて続けていくのに壁があるという話を聞きますが、経験のない僕からするとイメージがつかなくて。40でも50でもやれる仕事なんじゃないの、と思っちゃうんですよね。
Ryosuke: 向いている人は本当にとことんのめり込むように仕事をしていますね。年齢は関係なく。僕がいたチームでも、ディレクターやパートナーに進めると言われている人が、あえてシニアマネージャーに留まって、フィールドでお客様と一緒にプロジェクトを進めることに喜びを感じていたり。そういう人は土日になろうが関係ない、という感じでした。
Senna: コンサルって残業も多いし、マネージャーになるまでは残業代で稼ぐみたいな文化もある。飲みも多くて、結構体育会系なんですよね。ライフステージが変わると厳しいなと思う人が多い。
Ryosuke: コンサルタントは、オンでもオフでも「コンサル脳」で仕事を考えるのが好きな人なのかなと。逆に、仕事があっても土日は自分でラズベリーパイをいじったり、チームでKaggleをやったり、サイドプロジェクトに興味がある人は、エンジニアになった方がQOLが上がると思います。僕はどちらかというとそっち側だったので。コンサルタントの人は「すごい人たちだな」という感じですね。
Senna: 仕事ばっかりするのがかっこいいんじゃなくて、ちゃんとお金を稼いで、ちゃんと休日があって、仕事は4時5時で終わるのがかっこいいんだよ、というのを大学生には言いたいですね。
ビッグデータへの憧れから、AWSのBIエンジニアへ
Ryo: 次はAWSで、ビジネスインテリジェンスエンジニアという、なかなか聞き慣れない職種ですよね。転職のきっかけは。
Ryosuke: デロイトのプロジェクトはPOCや0→1がメインだったので、大きいデータを触る機会があまりなかったんです。1万レコードを超えることすらほぼない。最初はダミーデータを入れて、初期の数社のお客様に使っていただくくらい。もともと一貫してデータに関わる仕事をしてきたので、やっぱりビッグデータへの憧れがあって。事業会社で自社のデータを使ってインサイトを出す、みたいなことは今のチームではできないな、と思って転職を考え始めました。
Senna: ビジネスインテリジェンスエンジニアって、データアナリストとデータエンジニアの間みたいなイメージですか。
Ryosuke: まさに間くらいですね。AWSジャパンはほぼ営業の方しかいなくて、純粋なSDE(ソフトウェア開発エンジニア)はいないんですけど、営業向けの社内セールスダッシュボードを、AWSのQuickSightというツールで作ったり、それにまつわるETLパイプラインを当時はAirflowで実装したり。データをエンジニアリングというより、セールスに活かす仕事でしたね。
Ryo: AWSのビジネス全体を把握した上で、営業さんにツールとして提供する。作りもするしアナライズもする、ビジネスの根幹のポジションを2年ほど、ということですね。
UBCのマスターを目指して、ダグラスカレッジへ

Ryo: これだけデロイトもAWSも経験して、6年近いキャリアがある方が、なぜわざわざカナダのカレッジに行こうと思ったんですか。
Ryosuke: 実は、UBCのマスターコースを狙っていたんです。ただ、IELTSのスピーキングがどうしても0.5点足りなくて。オーバーオール7で、全科目6.5以上あれば出願できたんですけど。もう少し勉強してもよかったんですが、それよりも早くカナダでキャリアを積みたい、日本で英語の勉強だけに留まる理由もないな、と思って。
Senna: 英語はもともと使っていたんですか。
Ryosuke: 日本ではほぼ使わなかったですね。リーディングとリスニングはできるけど、アウトプットが全然ダメという、典型的な日本人の能力分布で。1社目がちょっと面白い会社で、TOEICで900点を取るとボーナスが増えるんですよ。600点から900点になると月給で1.5万円くらい上がって、ボーナスも入れるとトータルで20万円くらい上がる。
Senna: 日本で20万上がるならいいですね。
Ryosuke: それでTOEICは勉強していたので、リーディングとリスニングはそこそこに。スピーキングとライティングは、DMM英会話をずっとやっていました。ネイティブキャンプも試したんですけど、いろんな国の講師と話せて、バリエーションが豊富だったのがDMMだったんです。ちょうどコロナ禍で仕事もリモートだったので、駅前の英会話よりオンラインがいいな、という理由もありました。
Ryo: カレッジはなぜバンクーバーに、そしてダグラスに。
Ryosuke: 日本から近いのと、ランガラとダグラスに出願して、ダグラスが最初にアクセプトしてくれたので、もう決めちゃおう、と。出願する頃に一度カナダに来てみたんですけど、それが初めての渡航で。思っていたより中国系も含めてアジア系の人が多くて、初めての海外生活をするなら過ごしやすそうだな、と感じたんです。もっと白人ばかりだと思っていたので。
Senna: バンクーバーって悪いところが少ないんですよ。刺身もラーメンも食べられるし、長い目で見ると永住しやすい。アメリカ大陸の中で一番アジアに近い、という感じですね。
Ryo: 2年間やってみて、今振り返るとどうですか。
Ryosuke: 結構ミックスですね。最近のAIで誰でもプロレベルのコードが書ける状況を踏まえると、2年間が本当に必要だったかは言い切れない。ただ、その2年間をある種のモラトリアムとして、自分でアプリをリリースしたり、プロジェクトを立ち上げたりできたのは幸いだったなと。もし今2026年に新しくチャレンジするなら、2年より1年とか、もう少し短いところを選ぶと思います。
卒業1ヶ月前から。150社に応募した就活
Ryo: 2年のカレッジだと就活の開始時期も気になります。準備はいつから。
Ryosuke: 今の仕事のために動いた期間は結構短くて、3月の中頃から始めました。卒業の1ヶ月前ですね。今思うと、なめてるなという感じなんですけど。
Ryo: ポジションがオープンになったタイミングと被った、みたいな感じですか。
Ryosuke: というより、個人的な都合が大きくて。ビジネスインテリジェンスエンジニアやデータアナリスト、それにAIエンジニアみたいな仕事を狙っていたんですけど、ソフトウェアエンジニアとしてちゃんと経験したという実感がなかったので、ポートフォリオとして動くアプリを作った上で就活したかったんです。それができたのが3月中頃だったので、「よし、ポートフォリオを引っ提げて行くか」と。
Ryo: 就活全体では何社くらい応募したんですか。
Ryosuke: 応募だけで言うと150社くらいです。返事が返ってきて、インタビューに進んだのは10社ちょっとですね。ほとんどが、ソフトウェアエンジニアリングをメインにするSaaS企業というより、別のインダストリーがあってそこにAIを活用していこう、という部署を作った会社や、新しくできたベンチャーでした。
「AIエンジニア」という新しい波に乗る

Senna: 3社目まで来ると、僕はもうポートフォリオを作ることがなくなってきて、経験で何とかなっちゃってるんですけど。今回ポートフォリオを作ってよかったと思いました? それとも、ワンチャンいらなかったな、と。
Ryosuke: AIエンジニアに関しては、結構助かった部分がありました。AIエンジニアって、ソフトウェアエンジニア+AIエージェントのアプリを作る、みたいな役職なんですけど、面接を受ける中で、コーディングよりもシステムデザインに重きを置いている印象があって。自分でアプリを作って、RAGやLangGraphといった実装まで含めて技術要素をちゃんと説明できることが、コーディングよりも重視されていました。面接で実演も含めて「こういうアプリを作りました」と話す機会が結構あって、そこがかなりポジティブな結果につながったので、ポートフォリオをフル活用した印象です。
Ryo: フロックの中でも考え方が二分するところで。個人開発がきっかけで受かる人もいれば、レジュメや面接対策を徹底的にやってキャリアを築く人もいる。AIエンジニアという文脈でポートフォリオが重要視されたというのは、結構新しいお話ですね。
Ryosuke: 本当に勘が当たっただけで、ラッキーといえばラッキーなんですけど。AIエンジニアの求人票を見ると、必ずLLMがあって、LangChainやLangGraphがあって、オブザーバビリティのLangSmithを使った、とか、RAGといったキーワードが出てくる。その手の職種は、多分2年前には存在すらしていなかったんですよ。だからこそ、出たての仕事にはチャンスがあるというか。攻め方次第では、一般的なソフトウェアエンジニアリングのコーディングテストやかっちりしたシステムデザインとは違うプロセスもあるんじゃないか、と勝手に想像して始めたら、部分的にはその通りだった、というお話ですね。
デロイトやAWSという華やかなキャリアを歩みながら、周囲の「キラキラ」や空気に流されず、QOLや手を動かす楽しさという自分の価値観でエンジニアの道を選び続けてきたRyosukeさん。カナダでは2年間のカレッジで一度立ち止まり、その時間をモラトリアムとしてアプリづくりに充てました。
そして就活では、レジュメや面接対策を磨き上げる王道だけでなく、「AIエンジニア」という生まれたての職種に狙いを定め、選考プロセスの定石がまだ固まっていない領域で、自作ポートフォリオと実演を武器にオファーを掴みました。新しい波は、掴み方次第でチャンスになる。Ryosukeさんの歩みは、そんなことを教えてくれる、示唆に富んだお話でした。貴重なお時間、ありがとうございました。
このインタビューはPodcast「海外キャリアログ」でも配信しています。毎週月曜更新、Spotify・Apple Podcast・YouTubeなどでお聴きいただけます。ぜひ合わせてお楽しみください。