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東南アジアを中心に活動している水野貴明氏に学ぶ、開発者として働き続けるための心得

約38分
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日本国外でソフトウェア開発者として活動している水野貴明氏。はてなやBaidu、DeNAで経験を積んだ後、フリーランスとなる。現在はシンガポールを拠点にベトナム、タイ、日本などを行き来しながらスタートアップ企業の技術投資を行っている。

ソフトウェアの開発者を目指す人は、一番ラッキーな道に進んでると思う

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こんにちは、FrogのManaです。今日はソフトウェア開発者としてアジアの方で活動されている水野貴明さんにお話をお伺いします。水野さん、今日はよろしくお願いします。

よろしくお願いします。

ではまず簡単に自己紹介をお願いします。

水野貴明と申します。今はシンガポールに住んでいて、ソフトウェア開発者と名乗っているんですけど、自分で会社を作っていて。そこでスタートアップを中心に技術支援や、実際開発もするんですけど。会社を始めた時って技術者が全然いなくて、それは日本でもそうだし、シンガポールでも、他の国でも結構そうなんですけど、「どうしたらいいの?」って困ってることが多いので、そういったところに話を聞きに行って、どうやってスタートしたらいいのかとか。最初の頃はお金もないし、開発も誰かに頼むっていうのがなかなか難しいので、自分が手伝ってものを作って、だいたいできてきて、投資家に見せるとか、ビジネスが回りだしたりしてお金がたまってきたらフルタイムのエンジニアの人を雇ってもらって、自分は離れるっていう感じで、スタートアップにいろいろ関わっています。

今一緒に開発を進めている会社っていうのは複数あるっていうことですかね?

そうですね。いくつか並行して手伝っていますね。

今のフリーランスっていうスタンスに行き着くまで、いろんな会社で働いてきたのかなと思うのですが、そういった経歴っていうのもちょっとかいつまんでお伺いしてもいいですか?

はい。自分は働き出してもう20年くらいになるんですけど、最初はいわゆるSIerですね。SEとして入って。業務システムの開発などをしていました。そこの会社はすごく珍しいSIerで、非常にホワイトだったんですね。全然厳しいことがなくて。

それが珍しいっていうのはちょっと悲しい現実ですけどw

まぁ、そうですねw だいたい9時〜17時半までいればだいたい大丈夫っていう会社だったんですけど。そこで趣味とかを重要視して楽しんで人生やっていこうと思っていたんですけど、やっていくうちにだんだん技術のことが面白くなってきて。書籍や雑誌の記事も時間があったんで、書くチャンスをもらえて、書き出したらやっぱり技術のことをもっと極めたくなって。ネットバブルっていうのは一回弾けてたんですけど、丁度インターネット業界が盛り上がってきてもいたので、転職をして、そこからは10年間くらい、インターネット業界と呼ばれる何かにいます。最初に入ったのは株式会社はてなという会社で、そこで2年半くらい仕事をしてたんですけど、京都に移転をすることになって、自分は当時家庭環境的に京都に行くのが難しかったのもあって、転職をしました。次の転職先はBaiduっていう、中国の検索エンジンで。丁度日本に進出してきた時期だったので、お声がかかり、そちらに行きました。

Baiduには、日本人開発者第一号として入社されたとお伺いしています。

そうですね。

じゃあ日本人は自分一人だけっていう環境でしたか?

日本人自体は他にもいたんですけど、開発者はそもそもいなかったので。ちょっと確認はしてないんですけど、当時はBaiduって中国人以外の開発者を雇うつもりがあんまりなかったみたいで。基本的にはすべての開発のドキュメントもシステムも中国語だったんです。

それ、すごく厳しいところに突然ポンッと移ったんですね!

かなり厳しかったですね。なので、いろいろ苦労もしました。逆にそこから学べることもあって、サバイバル能力が身につけられたと思ってますね。Baiduも3年くらいいて、その後組織の改変が大きくあったので、そのタイミングでちょっと抜けまして。で、今度はやっぱり日本の会社がいいかなと思って、日本の会社で海外に出ていこうとしているところに入りたいなと思ってDeNAに入りました。その後は2年半くらいいて、フリーになったっていう感じですかね。今は丁度1年くらい前にシンガポールに引っ越してきて、こっちに住んでいます。

シンガポールを拠点に日本に行ったり違う国に行ったりっていう感じですか?

そうですね、アジア中心に会社を手伝ったりという感じです。

かいつまんだだけでもすごく輝かしい経歴だったのでちょっとびっくりしてしまいましたw

説明が長くなっちゃうのでねw

詳しいところは後ほど掘り下げて聞いてみたいと思うのですが、まずそういった経歴を辿るにいたった、プログラミングのスキル習得についてちょっと伺ってみたいと思います。最初にプログラミングに出会ったきっかけっていうのは何か覚えていますか?

プログラミングに初めて出会ったのは、小学校3年生の時ですね。うちの父親がパソコンというか、当時はパソコンとは言ってませんでしたけど、PC-6001っていう、今だとだいぶ古いものを買ってきて、「貴明よ、これから好きなだけゲームができるぞ」と言われて。当時ファミコンが出る前だったので、「これはすごいことになった!」と思ったんですけど、ゲームをやってるうちにだんだんそれだけだと飽きてきて。どうも調べたり、父親の話を聞くと、自分でもゲームが作れるっぽいっていうことが分かってきて。で、どうやったら作れるのかって見始めたのがプログラミングとの出会いですね。

そこにいくのがすごいですよね。自分でゲームをするだけっていうのは飽きてきちゃったんですね。

そうですね。ゲームとかって、そんなにたくさん買ってもらえるわけではもちろんないですし、もうちょっと違うこともできないかなって考えたんでしょうね。その当時のゲームって、プログラムがBASICっていう言語で書かれていて、STOPボタンを押すと中身が見れたんですね。もちろんBASICとマシン語で書かれている場合は、BASICの部分しか見れないんですけど。例えば色を変えたり、自分の数を増やして死なないようにするとか、できちゃったので。

それだったらやりがいがありますよね。

かなりカジュアルに改造ができたんで、とっつきやすかったのがあると思います。

それがきっかけで、そういったのを参考にしながら自分でも書いてみようってなったんですね。

そうです。インターネットで何かが調べられるわけでもなかったので、たまに親に頼んで本を買ってもらったり。当時ベーマガ、マイコンBASICマガジンっていう有名な雑誌があったんですけど、それの全盛期で。それを買うとプログラムのソースコードが山程載ってて。もちろん自分のパソコンで動くのは少ないんですけど、他のも読めば何て書いているかわかるので、そういうのを見ながらやっていくっていう感じですかね。

写経をしながら。

写経ですねw

それからはずっと独学でっていうことですか?

そうですね。たまに父親の知り合いのパソコン詳しい人っていうのがいて、たまに、本当にわからなくなると父親にその人の家まで連れていってもらって、教えてもらってました。

そういった人が周りにいるって、すごくありがたい話というか、ラッキーですよね。
調べたところ、大学はコンピューターサイエンスの専攻ではないんですよね。それは何か理由があって別のものにされたんですか?

出たのは有機化学を大学でやって、大学院では分子生物学をやりました。どちらも実験系なんですが、大学院の後半はバイオインフォマティクスって言って、コンピューターを使うやつを少しやっていました。基本的には全然関係ありませんね。なんでかって言うと、コンピューターをずっとやってきていて、コンピューター以外にもできることがあった方がいいんじゃないかって、高校の時に思ったんですよね。それで丁度化学に興味があったんで、そっちにいきました。結局大学でやってる間に、やっぱりコンピューターの方に進もうって、元に戻ってきちゃったんで、親には「何やってんだ」って言われましたけどw

でも結局自分の進みたい道が明確になったかなっていう。

そうですね。修士の後半部分はコンピューターを使ってDNAの解析をしていたので、その時は丁度まだそういう学問はハシリだったので、あんまり周りに知っている人もいなくて。プログラミングできたことは割りと助かりました。

今だったらすべてコンピューターに関わってくる研究も多いですから、そういったことが最初からできたっていうのは強みになりますよね。
続いて、先ほどBaiduで働いたことも、ちょっとお話を聞いたのですが、海外で働くこと。こちらを聞いてみたいなって思います。中国ですとか、ベトナムなど、海外で活動していくっていう中で、日本と海外の就労環境の違いはどういったものを感じられましたか?

就労環境で言うと、僕自身はいわゆる海外に籍のある会社に就職したって経験はあまりなくて。Baiduも日本子会社の社員だったので、福利厚生とか、そういったのはちょっとわからないんです。中にいるメンバーの話で言うと、業界が同じような、Webとかっていうのもあるのかもしれないですけど、そんなに違いは実は感じなかったですね。むしろ会社の規模による違いの方が大きかった。Baiduは大会社で、何千人っていう社員が当時からいて。エンジニアにとってはすごくいい環境が提供されていて。あんまり変わらなかったかなって気がしています。もちろんそこにいる人達っていうのは、例えば中国の人達はすごくプライドが高くて、人前で非難をするとすごい大げんかになっちゃうとか。いろいろ気をつけなくちゃいけないことは、国際コミュニケーションとしてはあったんですけど。それ以外はそんなに、Baiduでは感じなかったです。すごくいい会社でした。もちろんやっぱり、大きな会社とはいえ、自分がいたのは海外子会社に属していたので、海外の子会社って文化も違うし、立場も規模も違うから、仕事していてやりづらいなっていうのは感じました。

やりづらいっていうのは?

意見が通りづらいっていうか。例えば日本向けのシステムを何か作るとしても、中国の、今持っているシステムを利用させてもらうとか、中国のメンバーの力を借りなくちゃいけないとか。自分は日本の所属でしたけど、開発は中国にある開発チームに所属していたので、他の開発メンバーとも話をしなくちゃいけないので行くんですね。すると自分のチームのメンバーは家族みたいなものなので、全然話は通るんですけど、他のチームと話をしなくちゃいけない時とかは、よくわからん日本から来たどこの馬の骨ともわからん奴が、交渉しにきたな?みたいな感じにどうしてもなるんですよ。自分はその時10年選手だから、一応ある程度わかっているつもりじゃないですか。だけど、向こうはBaiduって急成長してるんで、若い子がすごく多いんですね。なので、こっちから見るとまだ知識的には僕の方が持っていることが多かったんですけど、向こうからすると、「なんかよくわからん奴が来た」みたいな。お互いなかなかコミュニケーションが難しいっていう。「しかもこいつ中国語しゃべれねーし」みたいな。

その時のコミュニケーションは英語だったんですか?

基本は英語ですね。あと、中国語と日本語の通訳の人がいるんですけど、やっぱり技術的な話になると直接話したほうが早いんで。

そうですよね。常に通訳を介しても、会話も成り立たなかったりもしますしね。

そうです。技術的な用語を知らなかったりするので。コミュニケーションは苦労しました。

ただ、働き方に対してはそんなに違いは感じなかったと。

そうですね。中国の会社だと、割りとみんな早く帰る。18時くらいになるとキチッと帰る。それは東南アジアにある会社もそうなんですけど、基本的には中国人の人達も、夜になると家に帰って皆でご飯を食べることを重視していると。そう聞いていたんですけど、Baiduに関して言うとみんなすごく夜遅くまで働いていましたし。弁当を持ってきている率は高かったですね。弁当二食分持ってきている人とか多くて。

昼と夜と?

そうそう。お母さんが二食作ってくれるだって。

ありがたいけど、帰りたいみたいな、そんなのはないんですかね?

でもやっぱりみんな、技術的な探究心ってすごく強くて。仕事に対する責任感もすごくあったので。夜遅くまで働くことは、彼らは特に問題視している感じもなかったです。そういうところも含めて、日本とあんまり変わらないなって。

だったら、違いがあんまりない分、働きやすさっていうのは、楽だったというか。

チームの一員として認められたら楽でしたね。文化的な感覚っていうのは全然違うんですよね。Baiduって、(日本では)今は検索サービスはもうやめてしまいましたけど、サービスをしていた時は、クローラーっていう、検索エンジンのインデックスを作るために、各Webページをロボットがアクセスしてデータを取ってきますけど、それの圧力というか、アクセス頻度が高すぎるんで、割りと問題になってたんですけど。それも内部では、日本人的にはあんまりそうやって頻度が多くアクセスするのは嫌がるから、やめてくださいっていう話はしてたんですけど、中国の開発者からすると、「いやいや、サーバーに負荷がありすぎて落ちるっていうのは問題かもしれないけど、そうじゃないなら、何が問題なんだ?」と。「自分がサイトをやっていて、サイトにくるアクセスの数が本当の人間のアクセスよりもBaiduのロボットのアクセスの方が多かったら嫌じゃないのか?」って聞いても「そんなの全く嫌じゃない」と。あ、発想というか、感覚が全然違うなって。なので、それだとどれだけ説明してもわからないから、そういう嫌がるからやめようっていう説明の仕方じゃだめなんだと。もちろんその話をした彼とは信頼関係もあったので、「日本人が嫌なのはわかったから、よくわかんないけど調整はしよう」と話してくれて。お互い尊敬しあっていれば、価値観が共有できていなくても話し合えるんですけど、そうじゃなかったら相手に自分の思っていることを伝えるのはすごく大変だったなって印象があります。

そうですね。違うのはしょうがない、と。それを受け入れられるかどうかっていうところですもんね。

そうですね。外国でやってて一番大変なのはやっぱりその国の人達の価値観の違い。

Baidu以外の、ベトナムやタイでもいろんな会社の方とお付き合いがあると思うのですが、そういった方との違いは感じられましたか?

感じますね。まず、開発者の話しで言うと、日本って割りと開発者の中でも開発そのものが好きでやってる人間が多いような気がして。だけど東南アジアって、技術者の給料がすごく高いんですよね。日本が低いのはそれはそれで問題かもしれないですけど。なので、割りとできるから、そんなに好きじゃなくても、給料もいいし、やってますっていう人が結構多い印象があって。そうなってくるとなかなか「新しい技術の勉強をしないの?」って聞いても「いや、時間がなくてあまり」って。「何時頃うち帰ってるの?」って聞いたら「7時くらいです」って。時間あるじゃんってw 「家で何してるの?」って聞いたら「アメリカのドラマを見てます」って。なるほどってw あんまりそんなに、技術技術してない。

探究心・向上心が全然違うんですね。

日本に比べてそういう人も多い。もちろん中にはすごい頑張ってる人もいっぱいいますけど。後はタイもベトナムもそうですけど、家族理由で退職する人がめちゃくちゃ多いんですよね。家族の手伝いをするからとか。どこまで本当なのかとかわからないですけど。日本で家業を手伝うことになりましたっていう人もいますけど、そういう人の数が全然多い気がします。家族を大事にする文化とか、すごくあって。その代わり困っても割りと家族が助けてくれるので、めちゃくちゃ頑張らないっていうのもありますね。いいことなんですけどね。「俺がここで仕事を頑張って続けていかないと、自分も自分の子供も食いっぱぐれてしまう」っていう危機感ってあんまりなくて。誰か助けてくれるしみたいな印象は受けます。

昔の日本でいう「大黒柱」的な感じではない、と。

そうです。「仕事なくなっても、まぁ、誰か助けてくれるし」っていう。暖かい国ってそうなのかなって思ったりもしますけど。

いいところでもあり、考えるところでもありますけどね。

いいところなんですけどね。自分と感覚がだいぶ違うので、結構戸惑うことが多いし、「あ、そうやって辞めちゃうんだ」とか「そういう感覚なんだな」っていうのは、気をつけてないと忘れちゃうんで。

気をつけてないと忘れちゃうw そう言えばそうだったなって?w

そうそう。なので注意するようにはしています。最近はどっちかと言うとベトナムとかタイって、管理したり開発チームのリードをしたりする立場が多いので、自分と違う価値観でメンバーが動いて。

特に管理する側だったら、どういった理由で辞めていくのかっていうのを事前に把握していないと、自分が戸惑ってしまったら元も子もないですしね。海外で働くんだったら、違いを受け入れて尊重したり、違った環境で働くことっていうのが成長に繋がるっていう感じですね。

そうですね。文化の違いって、僕はすごく面白いと思っていて。「そうやって考えちゃうんだ!」みたいなのをもっと知りたいので。

楽しめないと続けられないですしね。

日本人の感覚で、「こいつはダメだ」って切り捨てちゃうと多分すごく辛いと思います。

そうですね。
では続いて、エンジニアの将来について話をお聞きしたいんですが、幼い頃にプログラミングにはまって、今なお現役で活躍している水野さんにこそ聞いてみたいお話です。ちまたではエンジニアは35歳前後が定年という説もちょこちょこ囁かれているかなと思います。それくらいの年齢になったら管理職に移る方も多いですよね?このエンジニアの定年説についてどう思いますか?

開発を続けるためにはずっと新しい技術をキャッチアップし続けなければいけないというのが一番大きいと思っていて。それがやり続けたいかどうかということかな、と。僕は35歳を超えていますけど、定年がきたって全然思っていません。自分よりもすごい人ってたくさんいるし、自分より年上にも年下にもたくさんいるから、まだまだやらなくちゃいけないことやできることはたくさんあると思っているし、開発って30年くらい続けてきて、自分は飽きっぽい方だと思うんですけど、プログラミングだけは飽きないので。向いてるよなっていうのは感じています。なので、これからも続けていきたいと思っているんですけど、一方で続けるのができる人とできない人って結構パッキリと分かれるかなと思ってるんですよね。自分は新しいことをもっと知りたいし、なるべくこれまでになかったことに挑戦したいと思ってやっていますけど、年とってくると、例えば40歳くらいになると、自分が何ができて何ができないのかってすごいはっきりとだんだん分かってきて。自分も分かったことがあるんですけど。そうなってくると、新しいことにどんどん挑戦し続けることが得意じゃない人って当然出てきて。そういう人は多分年をとってからも続けるのがしんどくなっちゃうんだと思うんですよね。なので、35歳〜40歳くらいでそうなっちゃう人って結構多いと思うので、それが35歳定年説なのかなと思います。

定年っていうのは人によると。

完全に人によると思いますね。実際続けられる人はいます。人によって「そんなのありません」っていう人と「やっぱありました」っていう人、パツッと分かれてると思うんです。

そうですよね。水野さんの中では存在しない、と。

今のところそうですね。35歳かどうかは別として、すでに知っている技術で生きていこうとか、学ぶのは疲れたからこれまで学んだ知識で生きていこうと思った時が定年なんだと思います。多分。

なるほど、今のはすごく興味深いですね!今持っている知識で満足していたら、特にこの業界は日進月歩で日々進化していってるので、その知識が古くなっていくと。

そうですね。開発をバリバリ進める場合はそうですね。マネージメントをして、人を動かすっていうのがあればまたちょっと違ってくるので。

プログラミングを相手に新しいものに挑戦したいって思うんであれば、学び続けるしかないと。

そうですね。開発者は学び続けなければいけないのかっていうのが話題になったりして。いけないことはないと思うんですけど、開発を続けたいんだったら、学び続けなければいけないんだろうと。他の道を選ぶんだったら別に学び続けなくてもいいと思いますけど。いわゆるプロジェクトマネージャーみたいな人達って、技術者としてのバックグラウンドをある程度持ちながら、開発者の人達をマネージしていくっていうのはすごく難しいスキルなので、そっちができる人はそっちをした方がいいんですよ。それは定年でもなんでもなくて、単なるジョブチェンジなだけだと思うんですけど。逆に言うと自分はマネージメントは得意じゃないので。

でも今されてますよね?

技術者だけだったらできますけど…。もっと得意な人は全然いるなって。

人を管理するんだったら、新しいものを勉強していった方が、水野さん的には楽かな、と。

そうですね。

そういった違いがあるので、定年がどうこうっていうのは一概には言えないよ、と。なるほど。じゃあ今のところ一生現役でいれたらいいなっていう風に考えていますか?

そうですね。実はDeNAに入った時に、ベトナムのチームを見ることになったんですけど、そういう事をやりたいなって思うようになった理由っていうのは、当時は、自分より若い人が出てくるし、東南アジアにはもっと安い賃金で自分よりもパフォーマンス出しちゃう人がどんどんでてくるはずだ、と。だから一生開発者としてやっていくっていうのは、割りとリスクが高いんじゃないかなと思っていたんですね。だからそういうオフショアを使う経験とか、海外のメンバーとやり取りをして、海外のメンバーを管理していくっていう経験をちゃんと積もうと思って、そういう仕事をしてみたんですけど。結果として思った事は二つあって。給料で言うと、ベトナム人ってめちゃくちゃ仕事ができる、開発ができる人ってベトナムにいないんですよ。みんな海外に出ていっちゃうんですよね。高い給料で動いてるし。一方でベトナム人や日本人、いろいろ見てきた中で、全然、自分もまだまだ負けずに頑張れるなっていう感覚が生まれたんですよね。特にベトナムのメンバーと一緒に仕事していた時。まだ頑張れる、と。だからそれでDeNAを辞めてフリーになったんですけど。最初の何年かは自信はあまりなかったですね。世界に出ていろんな人を見た中で、自分の価値が日本にいる時よりも絶対化して。このくらいいける、というのがわかったので。まだ食っていける、みたいな。それでずっとやっていこうって決めました。

海外に出たっていう経験が自分を客観視できるっていう事にもつながって、これからの道も見えてきた、と。

そうですね。技術力ってこれからは世界の中で見られるので。例えば給料もそうだし、技術力っていうのも、高ければ日本にいる時よりも高い給料が貰えるかもしれないけど、自分が今持っているスキルで戦っていっても、これから勉強していくであろうスキルの伸びと考えても、世界の中でどこかには生きる道があるっていうことに気づけた。

日本国内にいて日本の企業でずっと働いてってなると、どうしても視野が狭くなってしまうので、一回ちょっと他を見てみて、そうじゃないよっていうのに気づけたらまた違った道も見えてきますよね。

そういう可能性はありますね。

じゃあ、現役エンジニアでずっといるって、もし決めるんであれば、好きっていう気持ちも大事だと。あと、新しい技術を学ぶっていうことを楽しめるように工夫したらいいのかもしれないですね。
では、最後にこれから開発者を目指す方に向けて、何か伝えたいことやメッセージがあれば、お願いします!

そうですね、ひとつは開発を楽しんで欲しいな、というか…。偉そうな事は言いたくないですけどw 楽しんだらいいんじゃないかなと思っています。開発者って因果な職業で、ひたすら学び続けていないと遅れていっちゃうんですよね。楽しんでなんぼかな、と思うので。あと、海外の話しで言うと、今本当に、ソフトウェアの開発者って一番海外で仕事を見つけやすい職業だと思うんですよね。日本人って元々そんなに海外に出て行くのは難しくないですけど、外に出て行くのが難しい国の人達もたくさんいて。例えばパキスタン人とか、知り合いがたくさんいるんですけど、ソフトウェア開発者だけは外に出て、シンガポールやオーストラリア、カナダなどに行って仕事を見つけています。なので、ソフトウェアの開発スキルって世界に通用するスキルのひとつだし、ビザも降りやすいし、仕事も見つけやすいので、ソフトウェアの開発者を目指す人は、一番ラッキーな道に進んでると思うんですよね。なので、どんどん海外に出て行ったらいいんじゃないかな、と思います。

行けるんなら動けるうちに行ってくれ!っていう。

逆にこれからどんどん垣根もなくなっていくだろうから。

日本にいながらも海外の案件を受注して、フリーランスでっていう方もちょこちょこいらっしゃいますもんね。

そうですよね。日本国内だけだと、日本の景気にどうしても左右されるし、これからよくなるか悪くなるか、わからないですけど、世界的にソフトウェアの技術っていうのが 廃れるということは、しばらくはないと思うので。例えば5年後に、もうめちゃくちゃAIが進化して、プログラマーは一人もいりませんってなったら違いますけどw

AIがAIを作るみたいなw

そうなった時は知らないですけどw そうならん限りは、今は本当に、どこに行ってもニーズがあるし、どこに行っても人手が足りていないから。割りと自分で選ぶことができる職業ですね。

どれくらいの技術があったら海外でも通用する、みたいな、基準って何かありますか?

何でしょうね?

難しいですよね。例えば水野さんが、日本人やアメリカ人など、違う国の人に募集をかけました、と。で、いろんなレジュメをもらいました。その中で「じゃあこの人を雇おう」っていう、選ぶ決定的なものって何かあるんですか?

そうですね、ひとつは新しい事をどんどん学ぼうとしている、キャッチアップしようとしている姿勢みたいなものは気にしていて。例えば最近面白かったことあったかを聞いて、どういったことに最近興味を持っているかを聞くのがひとつ。あとは、ひとつの言語や環境、「こういう事はできるけど、他はちょっとやったことありません」とか、興味というか、技術の内容が限定しちゃっている人はちょっと危険かなと思いますね。今、パソコンひとつあればいろんなことをチャレンジできるじゃないですか。そういうのをちゃんと試してみるとか、ひとつの技術にとらわれずに、もうちょっと柔軟にとるべき解決策を考えたりしているかどうかとか。そういったのは大切ですね。一個の技術って必ず廃れるんで。ちゃんとそういうひとつの技術とか、自分の知っていることにとらわれずに、ちゃんと判断できるかとか、大事かな、と。

何か問題を解決するために、解決策がひとつしか見えていないようだと、ちょっと難しいかな、と。いろんな道があるっていうのを柔軟に考えて、その中で新しい技術も取り入れてっていう方が、結構惹かれる感じですかね。

そうですね。そういうことをやってきていれば、例えば「自分はJavaしかやってきてません」ってならないんじゃないかなって思っていて。過去にいろいろ選択肢から選んだ結果、いくつか言語ができるし、他の言語もやろうと思えばすぐできますよ、とか、頭が柔らかくなってる状態っていうのは、大事かなと思います。

わかりました。では、そんな柔軟な考えのあるような技術者を今募集しているという風にもお伺いしています。

はいw

ここで繋げますw 求人情報ですね。どちらの国で、どういった方を募集しているんでしょうか?

今ベトナムで、スタートアップ専門のインキュベーターって呼んでますけど、ベトナムってエンジニアが多いので、開発力を世界各国のスタートアップに提供したりとか、スタートアップ向けのコンサルティングをやっている会社を手伝っているんですけど、そこが今ハノイに開発拠点を持っているんですね。そこの技術を僕が見てるんですけど、自分もしょっちゅう行くんですけど、ずっといるわけではないので、ハノイで彼らチームメンバーと一緒に、会社の技術力を盛り上げてくれるような、日本人の開発者がいてくれたらなって思っているので、そういう人を募集しております。

英語ですかね?

そうですね。まぁベトナム人も、英語がめちゃくちゃうまいわけではないので。あと、開発者同士だったら、基本的には割りと通じる。

コードを見たらわかるかなっていうのもありますよね。

はい。なので、英語がすごく堪能である必要はないと思うんですけど、まぁ躊躇しなければ大丈夫です。

プログラミングの言語については?

言語は、サーバーサイドはPHPとGoを使っています。状況次第ではもちろんJavaが入ってきたり、他の言語も入ってくるんですけど、基本的には、プロジェクトの最初からかかることが多いので、そういう時の選択としてはその2つが多いです。

興味のある方はぜひ。で、もう一つバンコクの方で。

一方で、バンコクの方で、一緒に仕事をしている人が何人かいるので、よく行くんですが、バンコクってすごく過ごしやすくて。暖かいしごはんも美味しいし。住みやすいところだと思ったので、バンコクに開発者が気軽に来て、例えば3ヶ月とか滞在して、開発ができるっていう部屋を作ろうとしてるんですね。

シェアハウスみたいな?

そうですね。短期でもいいんですけど。今その目処が立ちつつあるので、ぜひ興味がある方は遊びに来てもらえるといいかな、と。

バケーションしながらっていう感じですかね。

合宿とかしてくれてもいいのかなと思っていて。

いいですね!バンコクで合宿!

ちなみに実際僕も今年の2月くらいに、手伝っているスタートアップひとつ、バンコクで合宿をして。すごくよかったですね。開発が進んだっていうのもあるんですけど、チームメンバーの結束がすごく固くなったっていう。

そういった合宿に使えるような機材などの環境も整っているんですか?

仕事ができるようなデスクと、寝泊まりできる部屋。普通のコンドって言われている、部屋がいくつかある部屋を借りているので。

泊まれるコワーキングスペースみたいな感じですかね。

そうですね。

じゃあ開発者の方でご興味のある方がいましたら。

あとバンコクで、ハッカソンみたいなこともやっていて。だいたい2、3ヶ月に一回。これまでは場所を借りてやっていたんですけど、これからはそのシェアハウスでやれるようにしようかなと思っているので、興味があれば参加してもらえればと思います。

ではそちらのシェアハウスの方と、求人の方。もしご興味のある方がいらっしゃいましたら、どちらに連絡をしましょうか?

takaaki.mizunoアットgmailまで。よろしくお願いします。

では今日は水野貴明さんにお話をお伺いしました。水野さん、今日は本当にありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

パーソナリティー

Mana

Mana

カナダのバンクーバーでWEBデザインを学んだ後、バンクーバーの現地企業やオーストラリア、 イギリスでWEBデザイナーとして活動。バンクーバーにて就労ビザ取得。ブログ「Webクリエイターボックス」の中の人。

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